今回使われてる意味だと、「モチベーション」=「ハングリー精神」と置き換えても、大体通用しそうですね。
今回、2本立て…だと思ってたら増ページでした^^;。『戦争論』とその反響について。
出だし、『戦争論』の宣伝。
今回は、9月20日に新宿・厚生年金会館で行われた「つくる会」のシンポジウムの報告。
今回のゴーマン
ごーまんかましてよかですか?
「わしの表現のモチベーションはあなた方がとても考えられないような深くて熱く危険なものだ」
「どんな姿に育ってしまうかまだまだわからないぞ」
こういう事が描けてしまう小林が、たまらなく好きです。惚れ直しました*^^*。
次号、2本立て!
『第76章 戦争論の反響』
「うおおお…『戦争論』の反響がものすご〜い!」
「13歳の少年少女から87歳の老人まで熱烈な感想が返って来ているっ」
お便り紹介。年齢順になってますね。
以降、『戦争論』に対する好意的な反響を得々と披露。反響が無いマスコミに対しては、「黙殺している」と疑心暗鬼^^;。
「むろんそれでもあと10年もたてば『戦争論』の効果が出てくるのは間違いない」
「読者層が若者の最も頭のいいところに拡がっているのだから」
これは、事実でしょう。若い頃に『戦争論』に出会っているのと居ないのとでは、その後の考え方の基準が全然変わってくる。それが、良い方向に向かうか、悪い方向に向かうかは、実は分からない。本当に「頭のいい」人で無いと間違った使い方をする可能性がある。
「もはや『新・ゴー宣』は日本で最も頭のいい若者たちのための知的娯楽になっているのである」
「わしの方はエンターティンメントにならなきゃまずいと思うから懸命に中学・高校生にも楽しめるように描こうと努力してるのだが…」
この辺りがジレンマですね。確かに、最近の『ゴーマニズム宣言』は文字の量が多く、難解な文章が増えている。
「実は司馬遼太郎の信奉者からは結構厳しい叱責の手紙がいくつか来ている」
(中略)
「わしは司馬遼太郎をよく読んでいない」
「小説は面白いのだろうからいつか読もう」
はい、面白いです。読んで下さい。私も、司馬遼太郎の小説は読んでますが、「司馬史観」についてはほとんど知りません^^;。
(中略)
「えーくそこーまで昭和の国民をバカにできるほど今の国民が優秀かーーーっ!?」
この台詞をどう受け止めるか?多分、人によって全然受け止め方が違うと思う。その辺を考えると面白い。いや、本当にこの思考実験は面白いと思う。
その後、「国民の狂熱の時代への傾き」を止める事が出来るか?という問い掛け。
小林の経験を紹介して、結論は「出来ない」。
「そして結局みんなバブルを楽しんだのである!よかったじゃないか!」
?????
つまり、「時代の流れに流されるのが正しい」って事なのか?小林の作品も無意味だったと言う事なのか?
私は、「時流を止める事は出来ない。でも、時流に流されない事は出来る。」です。
バブルの時に、時流に乗って得した人ばかりではないです。楽しんだ人は、バブルがはじけた時にそのツケが来る。
「不況といわれる現在もまたどこかへ向かいつつある狂熱の時代かもしれないとなぜ考えんのだろう?」
考えてるでしょう。
そして現在、「景気回復が善である」という考えに「保守から共産党に至るまで全体主義的な日本の統一意見である」と述べてから
「ふざけるんじゃない!」
「みんなバブルの時を基準にして不景気だと言いアメリカ様が恐くて景気回復をと言ってるだけじゃないか!」
…やっぱり、時流に逆らうのが小林には合っている^^;。
「10年20年はこのままでいいんだ」」
「低成長になれろジタバタすんな!」
わたしも、0成長でいいと思ってます。これ以上、物を消費する社会を作ってもメリットよりもデメリットの方が大きくなってる(CO2の排出量一つ取ってみても分かる)。
ただし、資本主義社会とは恒久的に成長する事を前提に、つまり資源や土地や食料が無限にある事を前提にして作られたシステムなので、0成長では破綻します。日本だけが「いち抜け」したら、生産物が売れなくなって失業率が上がり経済的に日本が滅びる。
鎖国時代の日本のように、日本国内のみで何もかも自給自足出来るのであれば話は別だが、今となっては無理でしょう。そうやって、経済的に国境を無くし全世界的に「一蓮托生」状態になっているのが、資本主義社会の功であり罪でしょう。だから、「アメリカ様」だって、日本が不景気のままでは困るのです。
という事で、話はそう簡単ではない。新しいイデオロギーを、しかも今のシステムを凌駕する程の新しいシステムを作れない限り、資本主義社会を覆す事は出来ない。
故に、現段階では「景気回復が善である」。
「大体だれもかれもクーラー持ってて女子高生が携帯電話持ってるこの豊かさが異常だ」
「この上何を買えと言うか!?」
私は、クーラーも携帯電話(PHS)も持ってませんが^^;。欲しいとも思わんが。
「…こういうこと言うと絶対不況は弱者にしわ寄せがいくんだと抗議されるんだよな」
「景気回復大合唱の狂熱の時代には逆らえん FU−−−」
あ、諦めてる^o^;。で、「不況は弱者にしわ寄せがいく」という意見に対しての反論は?
以後、司馬史観の「勝てる見込みのない戦争はするな」と言う考えに対し
「たとえ無謀でも守るべきもののために戦った祖父たちをわしは肯定する」
肯定の仕方ですね。一歩間違えると…。反対派は、そこを危惧しているのだと思う。
「ディープインパクト」の話から、究極の選択へ、
すい星が日本にぶつかる。宇宙旅行中のあなた(読者)は特攻する事によってすい星を破壊できる状況にある。
問1.家族が日本に居る場合。国を守るor自分を守る。
問2.家族がアメリカに居る場合。国を守るor国を捨てて身内と生きる
まず、宇宙旅行中ならキャプテン(船長)には乗員の生命を守る義務があるはずだ。宇宙船には子供もいるはずだし、外国人もいるだろう。わたし(読者)が、決定権のあるキャプテンやリーダーなのか普通の乗員なのかによっても、対応は違ってくる。それら、その場の状況抜きにこの設問には答えられない。もし、一人乗りの宇宙船だった場合ならある程度の意味はあるだろうが、実際その状況になったら反対の行動を取ったりするのが人間ですからね^^;。
それと、国と家族とどちらを大切にするのか?というアンケートを取りたいのであれば、
問3.すい星がアメリカに落ちる時に、家族が日本に居る場合。アメリカを守るor自分を守る。
問4.すい星がアメリカに落ちる時に、家族がアメリカに居る場合。家族を守るor自分を守る。
という設問も合った方がいいでしょう。
「わしに媚びて答えるなよ正直に答えなきゃ面白くない」
「どんな答えだろうと抽選で10名に『新・ゴー宣』5巻の単行本とわしの直筆色紙をプレゼントする」
小林の笑顔が、政治家の選挙ポスターみたいで恐い…^^;。
「非プロレス系のリングは容易に幻想を持たせてはくれない」
私は、プロレスを良く知らないんですが、リングスってプロレスではないんでしょうか?パンクラスって奴でしょうか?
今回のゴーマン
「この世は平和だなんてうそっぱちだ」
「人は戦っている」
「国は戦っている」
「国家がある限り戦争があり戦争がいやだからと言って国家はなくならない」
ごーまんかましてよかですか?
「戦争は避けるべきだがやったからと言って悪ではない善でもない」
「あの戦争をやったことが愚かであった間違っていたなどという論議自体がくだらない」
まー、言いたい事は分からんでも無いでんす。
『第77章 愛国心アンケート結果と無自覚なナショナリスト』
感想のメール
第1問−第2問 男女計 男 女
国を守る−国を守る 490名(68.3%) 367名(70.0%) 123名(64.4%)
国を守る−身内と生きる 180名(25.1%) 118名(22.4%) 62名(32.5%)
自分を守る−身内と生きる 36名( 5.0%) 31名( 5.9%) 5名( 2.6%)
自分を守る−国を守る 11名( 1.5%) 10名( 1.9%) 1名( 0.5%)
717名 526名 191名
*)漫画の「男」「女」の数字が正しい(「男女計」が間違っている)として、計算しています。「722通の回答があった」という事は、5通が無効回答だったのかな?
*)年代別の表とも人数が全然合わない。よっぽど急いで作成されたものと思われる。
因みに私の回答は、
問1.国を守る。(理由.どうせこのまま生きていても大した事出来ないだろうし、国を守って教科書に載るのも悪くない。)
問2.国を守る。(理由.どうせこのまま生きていても大した事出来ないだろうし、残された家族にも多少大目に生活補助もしてくれるだろうし、国を守って銅像になるのも悪くない。)
でした。当然、アメリカに彗星が落ちる時も特攻するでしょう。
でも、今回の小林の描き方だと、私の回答も「国を守る−国を守る」という事で、
「愛国心」を持ったものという括りに入れられてしまう事になります^^;。
ちょっと、不満。
「第1・2問とも「国を守る」と答えた人たちのメッセージ」
小林の正面の顔。メッセージは、年齢順。
「次に第1問「国を守る」第2問「身内と生きる」と答えた人たちのメッセージだ」
小林の横顔。
「第1問「自分を守る」第2問「身内と生きる」と答えた人たちのメッセージはこうだ」
小林の後ろ姿。表情は見えない。
「そして何と言っても小・中学生でも他国に家族が待っていようと国を守るために死ねると答える子がいるんだからほんとに世の大人たちは恥ずかしいと思ってほしいものだ」
子供は、守るものがないですからね〜。大人とは背負ってるものが違います。若い人は、ロマンチストでもありますし^^;。私は、ラナさんを笑えません。
「アンケートの集計を見ると「愛国心」とはいかぬまでも「家族愛」が強いのははっきりしている」
「家族のために死ねる人はほとんど9割だ」
…この場面のアンケートの絵もおかしい。一体どの結果からの結論だろうか?
「国を守る−国を守る」と「国を守る−身内と生きる」の合計だと93%強なので、9割を越えているし…。仮にこの結果からだとすると、家族を捨てて国を守る490名も含んでしまうのだが…。そもそも、「国を守る」と答えた人=愛国者、「身内と生きる」と答えた人=家族愛者。という一方的な決め付けからして間違っているのではないだろうか?。今回の設問からそこまで読み取る事は出来ないでしょう。
「わしは「愛郷心」の枠組みが「地域」→「国家」へと拡大形を取ったものが「愛国心」であると思う」
「地域」→「国家」→「地球」へと意識を持っていけないのが小林の弱点。漫画家なのに、自分で自分の想像力に枷をはめるなんて愚劣。
「わしはあえて自分を「自覚的ナショナリスト」と言ってみる」
「民族主義や国家主義に陥らぬように」
「「愛国者」であることを自覚するためだ」
右翼の街宣車に乗っている若者は、「自分は愛国者である」「自分は国の事をこんなにも憂いている」と思う事に酔っています。で、周りに騒音を撒き散らす^^;。小林も若いですね。
「…凄まじい国家主義である朝日や左翼のやつらは全く無自覚に「国家意識」を補強し肥大させる」
↑ここは、「サヨク」ではなく「左翼」みたいです。
「彼らは、無自覚なナショナリストなのだ!」
「「選挙に行け」とキャンペーンをはるのも無自覚な国家主義」
「外国に行ったスポーツ選手をいちいち報道するのは無自覚な民族主義」
「すべて無自覚だから実に危険なのだ」
無自覚な行動が危険である事には同意します。
ただ、「選挙に行け」や「外国に行ったスポーツ選手の報道」が、「実に危険」という程どこが危険なのか分からない。
「9月20日(日)新宿の厚生年金会館大ホールで「つくる会」のシンポがある」
「テーマは“現代日本の「戦争と平和」観への異議申し立て”〜小林よしのり『戦争論』をめぐって〜ということになった!」
行きたかった!
今回のゴーマン
ごーまんかましてよかですか?
「全くページが足らん!愛国心アンケートについてはまだ言いたいことがあるので次回に続く!」
「『新・ゴー宣』第5巻が9月20日頃ついに出るぞ!」
「みなで無自覚なナショナリストの危うさを見ぬく目を鍛えるのだ!」
写楽の絵を模した表紙に「ミギだヒダリだとしゃらくせえ!」と書いてある帯が目印しだ!
『第78章 公的な言葉・私的な言葉』
「…何しろ読んだ人の9割以上はGHQと左翼の洗脳が解けてるようだから」
スタッフの笑顔。
…、なんか「日ペンのペン子ちゃん」の広告みたい^^;。
「愛国心アンケートの最終結果はこうなった」
これで、現在の『ゴーマニズム宣言』の読者層が大体分かる。特に高齢者は、
「国のために死ねる」と考えている人がほとんどですね。
その後、「私的な言葉(本音)」と「公的な言葉(建前)」の話。
「戦前の日本は極端に「建前」の言葉が大事にされ…」
「戦後の日本は極端に「本音」の言葉が大事にされ…」
自分に対する「縛り」としての「倫理」が生れなくなっていると指摘。
この指摘は、なかなか的を射ていると思う。極端に「建前」が大事にされる社会が良いとも思わんが。
「今回アンケートで「命を捨てても国を守る」と答えた人たちが最も多かった」
「これは彼らの「公の言葉」なのだ」
これは、自分の回答から考えても違うと思う。そこまでの覚悟を持って言ってる人は少ないでしょう。
「あれは別に「諸君!ぼくは臆病だ!」と公に向かって言うほどのことではなく自分の日記にでも書いておけばいいのである」
「私的な言葉を公に向かって言ってはいけない」のでしょうか?いつからそんな決まりが出来たのだろう?
「彼らは自分を越えるために自分の中で「物語」を創り出す」
…私は、自分の中の弱い部分、卑怯な部分を抉り出すような「物語」も結構好きなんですけどね^^;。
「朝日の物語」
「この世のすべての人々は平等であらねばならぬし世界中の人々が平和を願っているのだから平和の大切さと戦争の恐ろしさを繰り返し繰り返し唱えていれば戦争はいずれ無くなってしまうだろう」
この「物語」に向かって努力することは、特に間違って無いと思うのだが^^;。
「そんな「朝日の物語」がかつてのソ連や中国の文革や北朝鮮を支持してきたのである」
「「朝日の物語」の方が危うかったじゃないか!」
「文革などを支持した事」が危うかったのであって、「物語」自体が危ういのではないのでは?純粋な「物語」と本人が「純粋」なのとは別でしょう。多分。
「「朝日の物語」につきあってのど〜んとしとる間にテポドンが頭の上を通過していってしまった」
「そして金正日は軍国主義体制を作り終えた 今後北朝鮮は常に力を背景にして戦争をちらつかせての外交を展開するだろう」
結果論ですね。日本が平和外交でなくて、武力をちらつかせた外交を展開していたら、戦争になっていて今頃日本が負けてるかもしれない。
「それこそもしミサイルを落とされたら日本は報復するのか?泣き寝入りするのか?戦争はイヤだ平和が好きだと絶叫するのか?」
ミサイルを落とされた時の報復を考える前に、如何にミサイルを落とされないようにするかに手を打つ方が建設的だと思うが…。
今回のゴーマン
ごーまんかましてよかですか?
「「私的な言葉」でイヤだこわいと言っておれるのは今のうちだ」
「「公的な言葉」を吐く訓練をしておけ!」
「国を守るか?」
「国のために戦うか?」
NO.
(おまけ)
76ページ、欄外。
「先生ぴゃんはミギもヒダリもカンケーないの。…「部落問題を描くからサヨク」「じっちゃんに同情するからウヨク」なんて、そんな化石みたいな古くさいこといわれてもねぇ。」
その割には、小林も「戦争に反対するからサヨク」とか決め付けてると思うぞ^^;。
『第79章 衝撃の『戦争論』シンポジウム』
ゲストスピーカー前田日明の発言。
「例えばロシアで若いカップルが結婚するとまっ先にお参りするのが無名の戦士の墓地ですよ…」
「わしは偏狭な民族主義者ではない。血で「日本人」が定義されるのではないと思っている」
ふむ、この場合日本人とロシア人の国際結婚だと靖国参拝とロシア戦士の墓参りをする訳ですね^^;。で、両国が戦争になったらどうするのだろう?。
考えてみれば「ロミオとジュリエット」「ウエストサイドストーリー」もそんな話でしたね。国家エゴによって、切り裂かれる2人。「物語」とは、こうでなくっちゃ!!。
「田久保忠衛氏の話で赤紙が来たらまず「まいったなあ行きたくないなあ」と思いその次に「しかしながら」という言葉が続くと言われた」
「まさにこれこそが私的な言葉から公的な言葉への成長なんだ」
これは、「国のために人を殺すことが正しい」と心の中では思っていながら「行きたくないなあ」と思っている人に適用できる論理であって、「戦争はいけない」と心の中では思っている人なら、赤紙が来たら「行かなければ行けない」→「しかしながら」という事になる。
今回のゴーマン
「公的な言葉には覚悟がいる戦後日本が失ったものは覚悟であり公共性である」
「公的な言葉には覚悟がいるor覚悟を持つべきだ。」というのは、確かでしょうね。
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