表紙
ネット『ペポ』7号

(小説)

「漂流、サジタリウス号 ―夢光年異聞―」 最終回 前編



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         小説「漂流、サジタリウス号 ―夢光年異聞― 第三回」
                                              作: 柚崎奈津子 (No.018)
     
     
     「しっかしぃ・・・なして水が綺麗なのに、魚の一匹も釣れへんのや?」
     ラナが一人ごちている。
     ちなみに、この星の時間で夕方4時といった所である。
     ジラフも、2時間くらい前からラナと同じように釣り糸を・・・と思ったら、ち
     ょっと姿勢が変だったりする。釣竿をもたず、ルアー(贋物のえさ)の代わりに
     鉄製のおもりを水に沈めて、じっとその重りを眺めている。
     「おい、ジラフ・・・」
     釣りの成果がないので、そろそろ打ち切ろうという話をしようとしたラナが、ジ
     ラフのその様子に気づいて、
     「なぁ〜にサボッとんのや!!!」と大声を出した途端、
     「わ〜〜〜〜〜〜〜〜〜!」
     と悲鳴を上げて、案の定湖に落ちるジラフ。しばらく、水を飲みながらジタバタ
     していたが、30秒もたったら、不思議なことに、彼の体は沈まなかった。
     「ん?」とラナが疑問に思うのと、
     「ぜぇっ、ぜぇっ、ぜぇっ、ぜぇっ、・・・・・・」
     とジラフが息を整えるのがほぼ同時だった。
     「やっぱり・・・。」先に口を出したのはジラフだった。
     「やっぱりってなんや、ジラフ?」ラナが、さっきとは打って変わって静かに疑
     問を挟む。
     「ここは塩湖なんですよ、ラナさん!」
     「死海(イスラエルにある塩分の濃い海・・・か湖※作者注意:調査不足ですみ
     ません)みたいなもんか?」
     「そうですよ・・・」ここで声の調子を落とすジラフ。
     「もっと早く気づくべきでしたよ。やけに透明度は高いし、魚の影どころか、海
     草も水草も無い。おかしいと思って、深さを測っていたのに、急にラナさんが声
     を上げるから・・・。」
     「なんや」ここで、文句を言われると察したラナが、相変わらずのケンカ越しで
     ジラフを睨む。
     「・・・・・かっ鹹い、塩辛い、ぺっ、ぺっ、ペッ・・・・」
     ジラフは、ようやく自分の舌が濃い塩分にさらされていたことに気づいて、水の
     中でもがいている。
     ラナはそんなジラフに少々あきれつつ、
     「つまり、わしらのやっとった事は無駄やったわけか・・・」
     半日近くも太陽にさらされ、日焼けとのどの渇きと空腹を我慢して、こういう結
     果では、声にも力が入らない。
     「あ〜〜〜ラザニア〜〜〜。」いつもの愚痴が口をついて出る。
     と、その時、彼ののっかっていたサジタリウス号が大きく傾いて、声も出す暇も
     なく、ラナも塩湖の中に落っこちる。
     「うげっ・・・・・・ぐぶぅおっ、げへっ、ぺっぺっぺっ・・・なにすんねん!!
     ジラフ!!!」
     「ラナさんが助けてくれないから、自分で上がろうとしただけじゃないですかあ
     あ!!!」ラナの声に負けずにジラフも怒鳴る。
     「・・・・・二人とも、何やってんのぉ。」
     ラナが頭にはめていたはずの通信機が二人の間に浮かんでいて、そこから聞こえ
     るのは、トッピーの声。「あたたたた・・・」というかすかな声。どうやら、ジ
     ラフがサジタリウス号に乗り込もうとしたせいで、中でも被害があったようであ
     る。
     「トッピー、食料補給班、行動中止や」
     「えっ?どうして?」余計な事を言わないあたり、さすがリーダーである。
     「ここは塩湖なんですよ・・・。」ジラフの説明が始まるにいたって、ラナは夕
     日に浮かぶ貨物部分を恨めしそうに眺めながら、鳴り出した腹をおさえつつ、た
     め息をつく。
     
     夕日ー地球よりも6時間くらい自転の長いこの星にも、夜が来ようとしていた。
     ジラフとトッピーは、サジタリウス号の外と中で、もう10分くらい話を続けて
     いた。
     すでにハッチを開けて、中に入りたいと思っているラナだが、この話が終わらな
     いと、また中のトッピーとシビップをひっくり返してしまうので、水に沈んだハ
     ッチを恨めしそうに眺めていた。
     
     「ラナさん、ちょっとラナさん!」
     通信をしていたジラフが急にラナを呼び出した。
     待たされてばかりいて、ちょっと機嫌の悪いラナは、
     「なんじゃい!」とややけんか腰(苦笑)
     「ちょっと・・・いいですか?」その調子に気おされて相変わらず弱気なジラフ
     だが、言うべきことは言うのは、元学者の意地だろうか?
     「救命ポッドを1つ使いたいんですけど」
     「・・・なんでや」やや疑い深くラナが切り返す。
     「トッピーさんの話では、宇宙港と連絡がついたんですけどね、どうもこの湖を
     ロケットで渡っていかないと、関係者も様子がわからないから、対応ができない
     っていうんですよ」
     「・・・んで、その対応と救命ポッドと何の関係があるんや?学者先生?」皮肉
     な時の物言いの癖で、語尾が上がるラナ。
     それを知ってか知らずか
     「僕らの食料は、あと1食ちょっとの宇宙食しかありません。しかし、宇宙港へ
     移動するのに、地球の時間で15時間はかかります。どうしても食料不足なんで
     すよ。そもそも、墜落自体が予想外でしたからね」
     淡々と話をするも、どっか皮肉っぽいのは、相変わらず故障の多いサジタリウス
     号へのボヤキかもしれない・・・それはさておき、
     「ですから、貨物ブロックから宇宙食かそれとも配送する予定の荷物からちょっ
     と拝借するか・・・」ここで、遠慮がちになるのは、昔からのジラフの癖だ。
     それを振り切って、解説をする学者の顔にもどって、
     「とにかく、食料を確保してから、宇宙港に近い街に行って、貨物ブロックを運
     ぶ手続きをしないと、僕らはいつまでたっても漂流者ですよ!ラナさん!!」
     いつのまにかラナの顔のそばで演説をしてるジラフを尻目に
     「あ〜、ラザニア〜。」とぼやくラナを、今は責めるわけには行かない。地球時
     間で言えば、もう8時間から9時間、釣りのために念のため用意された水しか口に
     していない。しかも、さっき湖に落ちた弾みで濃い塩水を飲んでしまっているた
     め、ラナもジラフも真水が切実に欲しくなっていた。
     「ラナさん!!!」
     いつの間にかラナの首根っこを両手で抱えるようにして、ジラフが懇願していた。
     「あぅぐぐぐぐ、苦しいねん、・・・離せ、離せちゅうねん・・・」
     年のせいか、以前のようにふりほどけず、息が上がるラナに気づいて、ハッとし
     て手を離すジラフ。
     「あ・・・すみません。」
     しばらく荒い息をついていたラナが思い出したように答える。
     「で、救命ポッドで貨物ブロックへ行って、食料を確保、それから移動というわ
     けかいな?」
     「そうです。」力を入れてジラフが答える。
     「せめて、今こっちにある食料で腹ごしらえをしてからではあかんかぁ?」ちょ
     っとなさけない調子のラナ。
     「そうしたいのは山々なんですけどね・・・」こちらも力のない言葉のジラフ。
     「ポッドの射出口が上にある今でないと、またサジタリウス号の修理ですよ・・
     ・。」
     「・・・・・・・・・」
     返す言葉の無いラナ。つまり、墜落からの損失を少しでも減らすには、とにかく
     貨物ブロックに行くのが最優先事項であることを、いやでも悟らなければならな
     かったからである。一応、新宇宙便利舎では経験豊富なだけに、わかってしまう
     のだった(苦笑)
     「そういうわけなんで、ラナ、ジラフ、頼むよ。」
     それまで話のなりゆきを通信機で聞いていたのだろう。ちょうど良いタイミング
     で入るトッピーの声。
     「シビップも二人が帰ってくるまで食べないで頑張るペポ!だから・・・」
     「分かった!とにかく食料確保やな!」
     気を取り直したラナがようやくいつもの調子になってきた。
     「じゃ、ポッドは一つだけあけるから、二人乗りで頼むよ」こちらもいつもの調
     子のトッピー。
     しかし、外の二人は・・・。
     「一つで二人!?」これはラナ
     「食料が入りませんよ!!!」こちらはジラフ
     それぞれの思惑で悲鳴を上げる。
     それに、苦笑で答えてから
     「経費の節約と、とりあえず、安全のためだよ。それに、4人がひと晩もつ位の
     食料でいいんだ。岸に着いたら、宇宙港の係りの人が、ちゃんとご飯を用意して
     くれるって言ってくれたからね。そういうわけで、行くよ!」
     再び、サジタリウス号が胎動する。
     あっけにとられる二人を尻目に、三つあるポッドの射出口の真ん中が開き、
     ポーン!
     とはじかれるようにピンクのポッドが飛び出して、ラナとジラフのいる水面の反
     対側へ着水する。トッピーの腕のなす技である。
     「しゃあないなぁ・・・おいジラフ行くで。」半ばあきらめ状態のラナと
     「あの・・・ラナさん?ちょっと引っ張ってもらえません?・・・このままだと、
     僕、浮かぶことはできても、進めないんですよ・・・」最後に泣きが入るジラフ。
     「たくぅ!しょうもないなあ・・・」ぼやきつつ、ジラフの足を引っ張ってポッ
     ドへ進むラナ。ジラフの悲鳴にもおかまいなしなのは、彼なりの八つ当たりなの
     だろう。
     
     そもそもの事故、無駄足だった魚釣り、そして今の状況・・・彼としては、よく
     我慢してる方だと思う。と、後でトッピーが家族に話をしたかどうか。それは秘
     密の話である。
     
     
                                                         <後編へつづく>
     
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