表紙
ネット『ペポ』7号

(小説)

「漂流、サジタリウス号 ―夢光年異聞―」 最終回 後編



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         小説「漂流、サジタリウス号 ―夢光年異聞― 第四回」
                                              作: 柚崎奈津子 (No.018)
     
     
     「ねえトッピー、いつまで逆さでいるペポ?なんか気持ち悪いペポぉ・・・」
     サジタリウス号のコクピットでは、今度はシビップのぼやきが聞こえる。
     「・・・シビップ?」どこか子供に語るようにトッピーが声をかける。
     「コクピットが逆さだからって、自分まで逆さになることはないからね。」
     「あ・・・・」ようやく状況を飲み込んだシビップは、天井に足をつける。
     「助かったペポ。いつまでこのままでいたらいいのか、わからなかったペポぉ。」
     ため息をつきながら、それでも明るさを失わない話し方をするのは、彼女の天性
     だろう。
     しばらく呆れ顔の後、くすくすと二人の笑い声が響く。
     「いつまでこの状態にしておくペポ?トッピー」シビップの質問に
     「ラナたちが帰って来るまでね」と答えるトッピー。
     「今元にもどすと、さっきのハプニングで上向きになったポッドがまた水の中だ
     ろ?
     そうすると、ポッドを収容する時に、船内に水が入って、また修理に時間をとっ
     てしまうからね。」
     「そういえばトッピー、明日の朝に約束してたけど、時間大丈夫ペポ?」
     「ああ、大丈夫。この星は地球より1日が6時間くらい長いから。ラナとジラフ
     の作業を2時間と考えても、こちらの夜明けあたりには岸に着くはずだよ。」
     「ふぅん???」ちょっと不思議な顔をしたシビップを置いて、通信のブザーが
     鳴る。
     「ちょっとゴメンね。」トッピーは逆さになったコクピットを器用に移動して、
     宇宙港の人とまた話しに入る
     
     シビップは、今までのことを考えていた。気分転換に琵琶でも弾こうとしたら、
     『キュ〜〜〜〜〜』
     という自分の中の音に力が抜けて座り込んでしまった。
     
     ラナたちのポッドが貨物ブロックに向かって、もう30分が過ぎている。
     「ラナたち、遅いペポ。」
     シビップは心配している。一方のトッピーは・・・通信用のヘルメットを右手で
     押さえながら、じりじりとラナからの通信を待っている状況だった。
     ポッドの故障とか、他のトラブルがあれば、矢も盾もたまらず、連絡を入れるは
     ずの性格のラナが、ここまで連絡なしということは・・・。
     トッピーには、妙な確信があった。
     やがてヘルメットを自分の席に置き、シビップに向き直ったトッピーは
     「さて、僕らは宇宙食でも食べようか。」・・・勤めて明るく声をかける。
     その口調にひっかかるものを覚えたシビップであった。
     
     ・・・一方、ラナとジラフは貨物ブロックで・・・
     「うん、うまいで。これ。」
     「あっあっ、ラナさん、そこ、焦げますよ!」
     「しっかし、こんなとこでお好み焼きなんて食えるとは思わんかったでぇ。さっ
     すが学者先生やな、ジラフ」
     「というか・・・ここが塩湖でなければ、絶対できませんでしたよ。テヘヘ・・
     ・。」
     なんと二人は、コクピットに置いてきた二人を差し置いて、お好み焼きを焼いて
     いた。
     ちなみに鉄板は、サジタリウス号の機体だったりする・・・。
     
     ラナの腕もあってか、ポッドは15分ほどで貨物ブロックに到着した。
     最初はまじめに宇宙食をキープしていたのだが、ジラフがおもむろに、輸送を依
     頼されていた荷物を抜き取り始めたのである。
     「こおら!商売道具になにしとんねん!!!」最初は怒っていたラナだが、
     『キュ〜〜〜』と腹の虫がなってしまっては、説得力を持たない。
     それを見て、「とりあえず、あと15時間くらいの食料を考えると、ちょっと失
     敬しないと危ないですよ。僕らは今、漂流している訳ですからね、まずは腹ごし
     らえからしないと・・・」
     と言いながら、小麦粉、キャベツ、干しエビなどを選んでいく。
     「そんなん引っ張り出して、なに作るねん?」
     ラナの言葉に、“よくぞ聞いてくれました”という得意顔で、ジラフが答えたの
     が、お好み焼きを作ることだった。
     
     数年前、小麦粉と皮のついた小麦の輸送を依頼された時、目的の星の海に落下し
     たことがあった。そのときは、他に方法がなくて、うどんを作ったのだが、これ
     が一騒動だった。
     シビップが粉を撒き散らしたところに、鍋に火をかけようとしたジラフが慌てて
     しまい、爆発が起こってしまったのだ。
     発火性のある粉が空気中に舞い上がっているところに火種があると、粉は一気に
     燃え上がり、爆発のエネルギーを生み出す。これを『粉塵爆発』現象と言う。
     幸い、サジタリウス号の中でも一番火の気のないところだったため、大事にはい
     たらなかったが、その付近の壁の強度が弱まったため、修理が3日延びて、かな
     りの損失になった。
     その教訓と、魚釣りの暑さでの経験から、夕暮れのお好み焼き大会?となったの
     である。
     「も〜う食えん、腹いっぱいや〜♪」ラナが満足げに腹をさする。ジラフはまだ、
     お好み焼きを焼いている。
     「何しとんのや?」
     「トッピーさんやシビップにも持っていかないと。食べ物の恨みは怖いでしょ、
     ラナさん。」すっかり慣れた手つきなのは、主夫をしているせいなのか、この仕
     事のせいなのか・・・それは誰が知るのだろうか(苦笑)
     「せやな〜ポッドにヘルメット置いてきたしな〜」一応まじめな口調だが、実は
     トッピーからいちいち指示がくるのが面倒だから置いてきただけである。
     「ラナさん、なんかタッパーみたいな物探してきてくれませんか〜?」ジラフが
     声をかける。
     「なんでわしに聞くんや?お前の方が場所わかっとるんとちゃうか?」ちょっと
     不機嫌になったラナが聞く。
     「ラナさんがこれ、真っ黒にしなければ、僕が行くんですけどねぇ。今は手が離
     せませんよ〜。」
     しっかりイヤミをこめて言うあたり、ジラフもちゃっかりしている。
     「ああ分かったワイ!わいがとってくるわ!」ちょっとヤケが入るラナに、
     「カーゴルームの一番手前の棚のでお願いしますね〜」としっかり釘をさすジラ
     フであった・・・。
     
     一方、トッピーとシビップは、半分残していた宇宙食(今回はカレーとすき焼き
     味だった)と、ラナたちの分まで食べていた。
     最初は躊躇したシビップも、ラナとジラフが何をしているかトッピーから聞いて
     (とにかくラナたちが先に何か食べている事だけはわかったので)、とにかく食
     べる事にした。
     「腹が減っては戦はできぬ」ではないが、倒れてしまってはできる仕事もできな
     くなることは、さんざん経験している。だからこそ、食べられるものはしっかり
     食べよう。そう思うことで納得しているシビップであった。
     ちなみにトッピーは、まだ不機嫌そうである。そのせいで、黙々と食べているニ
     人であったが、「ピッピッピ・・・」と音がした。どうやらやっとラナたちから
     連絡が入ったようだが、トッピーは無視を決めこんでいた。仕方がないのでシビ
     ップが通信機のスイッチを入れる。その途端、
     「帰ったで〜〜〜」の大声に、思わず耳を押さえて悲鳴を上げるシビップ。
     「ラ〜〜〜ナ〜〜〜〜?」
     「どないしたん?シビップ、風邪でも引いたんか?声が変やで?」こちらは酒を
     一杯飲んだような上機嫌である。
     一方、トッピーの手前、不満を黙っていたシビップだったが、
     「シビップたちに黙って、何をたべたペポ〜〜〜〜?」
     ここに至って、初めて3人はシビップが相当怒っていたことに気づく。
     普段怒らない人が怒るとどれだけ怖いか・・・・・・。
     その後のことは、皆様のご想像におまかせいたします・・・・・・(笑)
     
     食料確保からほぼ1時間15分後。
     「エンジンの調子は?」
     「普段の23パーセントの出力やな。とりあえずここが水の上でよかったっゆう
     ことやな。」
     頭にコブを3つ、左のほほに引っかき傷を作ったラナがトッピーに向き直る。
     ふぅ・・・とため息をつきながら、トッピーが
     「そうだね、それじゃ、行こうか!」とエンジンに点火する。
     ゴボボボボボボボ・・・・・・・
     いつもと違う音と、船に揺られる感覚を受けながら、サジタリウス号が動き出す。
     行き先はこの星の東側。宇宙港に一番近い(それでも岸辺からは200キロはあ
     る)街だ。
     「エンジン出力25パーセントで安定。そっちはどないや?」
     「ちょっと・・・水の抵抗がきついね。あ。」
     波がサジタリウス号を翻弄する。
     
     「おわっ!」思わぬ揺れに足を取られて、壁に頭を打ち付けるジラフ
     「〜〜〜〜〜〜っ」言葉もなく座り込むジラフの反対側で、琵琶を抱えてふくれ
     っつらをしているシビップ。
     彼女の怒りに触れて、ラナもジラフもコブとひっかきキズをいくつも作っていた。
     せめて着いたときに事情を話していれば、二人ともこんなケガしなかったのに・
     ・・というのはトッピーの言である。
     おみやげのお好み焼きにも手をつけず、波に酔わないように、びわを抱えて座っ
     ている。
     しばらくすると、波がおだやかになっているのが、外の見えない二人にもよく分
     かる。二人は、コクピットではなく、その後ろの部屋で待機していた。
     
     「・・・シビップ?」
     壁に頭を打ち付けてからほぼ30分。ジラフが、シビップの隣に座った。
     シビップの方は、まだ黙っていた。ただ、ふくれっつらは消えていた。
     「ゴメンね。黙って先に食べたのは悪かったね・・・」
     「・・・・・・。」
     しばらくは、ジラフも無言で、波に身を任せている。
     「アン教授、心配してるだろうなぁ・・・」
     「!!」
     そういえば、この星の昼間、機体の修理班と食料確保班に分かれてから、随分と
     時間が経っている。この星の1日は、地球より6時間長いってトッピーが話して
     いた。
     じゃあ、ラナとジラフは・・・
     そこまで考えると、ただトッピーに指示された道具を渡すだけだった自分は何も
     していない。なんだか、シビップは自分が悪いような気になっていた。
     「ピート、リブ、フェロー、ナラ、タラ、ハナ・・・・」彼らの家族の名前をつ
     ぶやくシビップ。
     今回の事故、まだ知らせていないが、予定から2日は遅れている。そして、通信
     機能の故障と地球への通信費の節約。そして・・・。
     「心配させたくなかったペポ。みんな。」
     ようやくそこに考えが至って、シビップはため息をつく
     「シビップ?」彼女の変化に気づいて、ジラフが声をかける。
     「ジラフ」彼にまっすぐ瞳を向けてシビップが話しかける。
     「コクピットに行くペポ。一緒に来てペポ」
     「へ?」状況のわからないジラフではあったが、スタスタと歩き出したシビップ
     にとりあえず着いていく。
     
     コクピットでは、時々来る波を渡るのに、パイロット二人が苦労していた。
     そこへ、自動ドアの開く音。
     「シビップ!ジラフ!」最初に声をかけたのはトッピー。
     「揺れるから奥におらんかい!」そう叱るのはラナ。
     そうはいっても、同じ船の中、揺れるのはどこにいても一緒である。また大きな
     波が来て、サジタリウス号が全部水中に入ってしまう。
     抵抗が大きくなるので、燃料の消費も多くなる。早くこの波を出て、浮かばない
     と・・・そう考えていたトッピーの耳に、聞きなれた声がした。
     
     それはいつものメロディーとは少し違っていた。
     まるで、波をそっと和らげるように、彼女は歌っていた。
     星屑に夢を託した男たちのために。
     オンボロでも、まだまだ現役の、この宇宙船のために。
     そして。
     彼女自身のできることとして。みんなに謝りたい言葉の代わりとして。早く、家
     族に無事を知らせることができる様に。
     
     昔、彼女に歌を教えてくれた吟遊詩人の教えてくれた歌を、彼女は歌う。
     
     「夢光年」と名づけられた、その歌を・・・・・・。
     
     
                                                               <終わり>
     
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