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「暴力の連鎖 断ち切れ」
           (毎日新聞 平成13年9月13日 朝刊より)

世界文明に見る「目」学べ 梅原猛氏(哲学者) 私は以前、ベルリンの壁が崩れた時に、「社会主義をとる 近代社会は見事に崩壊した。しかし自由主義をとる近代社会 の崩壊も近づいているのではないか」と書いたことがある。 この当たってほしくない予感が当たったような気がする。 今回のテロは許されるべきではないが、最近のアメリカは、 昨年の地球温暖化防止ハーグ会議、COP6での姿勢を見て も、人類の将来を考えず自国の国益のみを追求しているよう に見える。その動きは、ハンチントンの著書「文明の衝突」 が語るように、文明の衝突を増大させる要素を持っていると 思う。今回のテロに「必ず報復する」ことになると、第三次 世界大戦が起こる可能性も生まれる。アメリカがもっと自国 の近代主義を批判し、異文化を認め、協調する政策をとらな ければ、テロは拡大する。今必要なのは、文明の対話に基づ く新しい人類のあり方ではないか。 日本は、できるだけ国家対立を和らげる立場をとるべきだ。 強硬路線のアメリカではなく、異文化と共存するアメリカを こそ助けるべきだろう。アメリカと友好関係を続けながら、 一方でアジアやヨーロッパ諸国と仲良くしていかなければな らない。イスラム世界の理解は難しいが、我々の文化にも、 イスラム文化と共通の部分があるのではないかと思う。 今回の事件で、文明の問題が歴史の表面に浮かび上がった。 歴史に文明論が必要な時代がやってきたのだ。だが、それを 理解している政治化が日本にいるだろうか。世界の文明を見 る「目」を学ばなければならない時代にきている。 (談)
日本が間に入り和解を 佐々木高明氏(国立民族博物館名誉教授) テロは不満を持つ者の中でも、突出した集団によって起こ される。その突出の背景には、文化や文明の対立がある。 テロは断じて許されるものではない。断固として排除しな ければならないことだ。ただ、テロが生み出される背景に私 たちは目を向けねばならない。何らかのバランスが崩れたの だということを忘れてはならない。 背景には、アラブの民衆の西洋文明への憎しみがある。ユ ダヤ教とキリスト教はヘブライズムという意味では同じよう なものだが、アラブとヨーロッパ(のキリスト教文明)それ ぞれの長い長い歴史に支えられた歴史観・価値観・文化観の 相違が横たわっている。 テロのような突出した部分だけをいくらたたいても、言葉 は悪いがモグラたたきのようになるだけだ。背景である文化 ・価値観・歴史観の相違を理解しなければいけない。相違が 厳然と存在している限り、違いを認め合ったうえで、理解な いし和解の道を探らねばならない。 その際、日本はアラブと欧米の真ん中に立てる立場だと考 える。東アジアの成熟した文明の中に身をおき、一神教に対 する多神教でもある。違う民族・文明の和解と理解のために 日本の努力がますます求められる。地球という規模で、共生、 共存を考えていかなければならない時代だと改めて思う。 (談)
テロ行為に共感の声も イスラム世界 アメリカの外交姿勢に反発 米国で起きた同時多発テロに関し、イスラム世界では、テ ロ行為そのものは厳しく非難しながらも、内心では快哉を叫 んだ人たちも少なくない。パレスチナ情勢悪化や、露骨なま でに国益を優先させる米政府の「ユニラテラリズム(一方的 外交)」に、原理主義者だけでなく一般市民も反感を募らせ ていたからだ。 今回のテロで関与の疑いが指摘されるウサマ・ビン・ラデ ィン氏は、ソ連侵攻に伴うアフガン戦争(79〜89年)時 代、米国と協力してソ連と戦った。それが「反米」に転換し たのは、湾岸戦争(91年)を機に、米軍約50万人がサウ ジアラビアに進駐したことが発端だった。イスラム教徒の聖 地メッカやメディナを「異教徒」に守られる屈辱感は、やが て米国への強い反発となった。 パキスタン人のある新聞記者は「まず犠牲者に哀悼を捧げ たい」と述べた上で「イスラムと敵対し続ける米国はあまり に巨大で、直接戦争をすることは出来ない。テロは弱者にと って唯一の武器だ。米国の力と富の象徴である世界貿易セン タービルの崩壊をテレビで見て、内心、溜飲を下げた」と打 ち明けた。

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