ネット『ペポ』7号
---------------------------------------------------------------------------- 「ジラフのラブアタック大作戦!」(第四回) 作: BMA (No.232) ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆ 夜の街を走る電車の中、アン教授は窓の外をぼんやりと眺めている。 ポケットの中には、あの日以来、指を通した事のない指輪があった。 もらう必要はなかったが、断る必要もなかった。 ただ何となく、成り行き任せでここまでずるずると引きずってしまった事をア ン教授は少し後悔していた。 アン教授は自分の腕時計を見てみる。 (7時26分・・・、間に合いそうね。) アン教授は再び窓の外を眺めた。 流れていく街の光を何となく見つめていた。 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆ その頃。 「はあ、はあ、はあ、はあ・・・・・」 息を切らせながら一人の若者が急いで夜の街を走っていく。 「はあ、はあ、・・・だ、だめだ・・・もう走れない・・・ぜえ、ぜえ・・・。」 そう言いながらもジラフの足は確実に前へ前へと進んでいた。 しかし、体力の限界がきたのか、その場にへたれ込んでしまった。 「はあ、はあ、・・・くそぅ・・。」 ジラフは白い息をはいている。 「そ、そうだ!」 ジラフは道路を走っていく車の流れに向けて手を挙げて叫んだ。 「タ、タクシー!・・・。」 しかし、すぐにジラフは手を下ろしてしまった。 ジラフはハッとした様に自分のポケットの中を探ってみる。 「・・・ない。」 「・・・財布がない!」 急いで外へ飛び出してしまったので、ジラフはうっかり財布を置いて来てしま っていたのだった。 気が付けば腕時計すら忘れて来ている。 (あああああ!!僕はどこまでドジでグズでマヌケなんだ!くそぅ!!) ジラフは自分で自分の事を責め立てるが、ここまで来てしまってはもうどうに もならない。 財布を取りに戻っている時間なんてない。 (こんな所で、こんな所で・・・まだ諦める訳にはいかないんだ!) ジラフは前に向かって再び走りはじめた。 風が冷たい・・・。 道路には半分雪溶けた水が残っている。 ジラフは何度も足をすべらせ転ぶが、その都度再び起き上がり、前へと全速力 で走りだす。 走っている途中で街の時計をちらちらと横目で確かめる。 (・・・7時35分。・・・あと25分・・・。間に合うか!?) ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。 ジラフの体力は限界にまで達していた。 しかし、決して足を止める事はなかった。 もう走っているのか歩いているのか分からない状態である。 「ぜぇ・・・ぜぇ・・・、も、もうダメだ・・・。はあ、はあ・・・。」 そう言いながらジラフはなおも足を止めようとはしない。 その時だった。 「!?」 (ス、スペースタワー・・・) ジラフの前にスペースタワーが見えてきた。 「もう少しだ・・・。」 「時間は!?」 ジラフは前へと進みながら時計を探した。 ふと、近くの公園の時計が見えた。 7時52分・・・・・。 (あと、8分!) ジラフは焦った。 そして、最後の力を振り絞りスピードを上げた。 スペースタワーの姿がどんどんと大きくなる。 ジラフはなおも走り続ける。 (もうすぐ、もうすぐだ!) その時だった。 ジラフは初めて足を止めた。 「!?」 ジラフは愕然とした。 幅が何十メートルもあるであろう大きな河。 スペースタワーはその向こう側にあった。 ジラフは辺りを見回して橋を探すが、どこにも見当たらない。 橋はきっとはるか先のどこかにあるのだろうが、もう時間がない。 「く、くそぅ・・・。」 ジラフはその場に倒れこんだ。 「もうすぐ、もうすぐなのに・・・!」 ジラフはさらに焦る。 「もうダメなのか・・・。せっかくここまで来たというのに!」 「はあ、はあ・・・。」 拳を地面に叩きつけてジラフが叫んだ。 「こんな所で諦めてたまるかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆ オリオンホテル前。 一人の紳士が誰かが来るのを待っていた。 ジェドである。 ジェドは自分の時計を見た。 「8時か・・・。」 ジェドは近くの人波の中にアン教授の姿を探した。 「遅いなぁ。アン君・・・。」 ちょうどその時であった。 「ジェド。」 アン教授の声が聞こえた。 ジェドは声の聞こえた方を見る。そこにアン教授の姿が見えた。 「やあ、アン君。」 アン教授に軽く手を振ってジェドが呼びかけた。 「ごめんなさい。待った?」 アン教授が白い息をはきながら駆け寄って来る。 ジェドはアン教授に手を差し出した。 「いや、私もさっき来たところだよ。」 ジェドがアン教授を気遣う様に言う。 「いいえ・・・、随分待たせてしまったわ・・・。私。」 アン教授は少し曇った表情で答えた。 「外は寒い。さあ、中へ入ろうか。」 ジェドはアン教授に言った。 二人はホテルの中へ入って行こうとしていた。 その時だった。 「ちょっと待ったぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」 どこかで聞いた事のある様な声。 アン教授がふと立ち止まった。 「どうしたんだい?アン君。」 ジェドがアン教授に尋ねる。 「い、いえ。ちょっと声が聞こえた気がしたものですから・・・。」 アン教授はそう言うと再びホテルに入ろうとした。 その時、再び声がした。 「教授!待って下さぁぁぁぁぁぁぁぁい!!!!!」 アン教授は再び立ち止まった。 間違いない。自分を呼ぶ声が聞こえる。 アン教授は声がする方向を探してみる。 「ん?」 ジェドにも、さすがにその声が聞こえたようである。 その時、アン教授が驚いた様に大声で言った。 「ジ、ジラフ君!?」 そこにはボロボロの姿のジラフの姿があった。 「ジラフ・・・?」 知らない男の名を聞いて、ジェドの表情がやや変わった。 ジラフはアン教授とジェドの所へよろよろと走って来る。 「きょ、教授・・・ぜぇ、ぜぇ・・・。ま、間に合った・・・。」 ジラフはアン教授のもとへたどり着くなりその場にバタリと倒れこんでしまっ た。 「はあ、はあ、はあ・・・、ぜぇ、ぜぇ・・・。」 ジラフは倒れたまま動かない。今にも死にそうだ。息を吸うのが精一杯の様子 だった。 アン教授がジラフのもとに駆け寄った。 「ジラフ君!一体どうしたの?」 アン教授がジラフを起こそうとジラフの体に手を触れた。 (冷たい!) アン教授はジラフの体がびしょびしょなのに気が付いた。 「きょ、教授・・・。はあ、はあ・・・。だ、大丈夫です・・・。1人で立て ますから・・・。はあ、はあ・・・。」 ジラフはそう言うと、ゆっくり起き上がった。 「ハックション!」 ジラフは大きなクシャミをした。 遠くでその様子を見ていたジェドがアン教授に尋ねる。 「アン君、誰なんだね?そのジラフとかいう男は・・・。」 「私の研究所の後輩です・・・。」 アン教授が答えた。 「それより、ジラフ君!あなた、びしょびしょじゃない!どうしたのよ!?服 も泥だらけで・・・。」 アン教授は驚いた様にジラフに尋ねた。 ジラフは少し照れながら答える。 「ぜぇ、ぜぇ・・・。え?え〜と、ちょっとそこの川を泳いで来たもんでして ・・・。ははは・・・。」 「か、川を泳いできたですって!?まだ2月よ!何でそんな事を!?」 アン教授は呆れた様に、そして驚いた様子で言った。 「え?そ、それは・・・。」 ジラフは返答に困る。 その時、ジェドが口を開いた。 「ジラフ君だったね・・・。そう言えば君は何をしにここへ来たんだね?」 ジェドはするどい目でジラフを見ている。 ジラフはジェドに向かって言った。 「あなたがジェドさんですね・・・。はあ、はあ、・・・。」 ジラフもまたジェドをするどい目で見ている。 「ジェドさん、僕はあなたと“男として”話し合いをしに来ました。はあ、は あ・・・。」 激しく白い息をはきながらジラフが言った。 「話し合いだと?」 ジェドはやや不機嫌そうに言った。 アン教授はいきなりの展開に、ただ戸惑っているばかりだ。 「ちょ、ちょっと、ジラフ君。いきなり何を言いだすの?」 アン教授はジラフに対して呼びかける様に言った。 「教授!僕は・・・はあ、はあ・・・、本気です・・・。」 ジラフは真剣な眼差しで答えた。 ジラフのその目を見て、アン教授は何も言えなくなった。 3人の間にしばしの沈黙が訪れた。 そしてジェドが口を開いた。 「ジラフ君。君も寒い中、突っ立ってたんじゃ辛かろう。はやく、その話とや らを始めたまえ。」 ジラフが口を開く。 「用件は一つだけですよ。率直に言います・・・。」 「僕は・・・・・」 ジラフは一息ついて言った。 「アン教授の事が好きだ!」 「!?」 アン教授はその言葉にハッとした。 ジラフは続けて言った。 「だから、だから・・・、あなたに教授を渡す訳にはいかない!」 ジェドを指差してジラフが言い放った。 ジェドはそんなジラフを呆れた様に見ながら言った。 「ジラフ君、それは私の台詞だ。アン君を好きになったのは私の方が先なんだ。」 するとジラフがさらに言う。 「人を愛するのに順番なんて関係ないでしょう!!」 ジェドは口ごもった。 「ところでジラフ君。君は何故、私達がここで会う事を知っていたんだね?」 「偶然ではなかろう。君の今の姿を見る限りではね。」 ジェドは話をそらして言った。 「そ、それは・・・」 気まずそうにジラフが言う。 「昨日、アン教授が電話で話しているのを・・・聞いていたんです・・・。」 ジェドがニヤリと笑う。 「ほほう。いくら好きな相手とはいえ、会話をこっそり盗み聞きとはねぇ・・ ・。」 ジラフはばつが悪くなったのか、目をそらして下を向いた。 その時、アン教授がジラフに言った。 「ジラフ君、いいのよそんな事。私は別に気にしないわ。」 「君が気にしなくても僕が気にする!勝手に人のプライベートに首を突っ込ま ないでいただきたいね!」 ジェドがジラフを睨みつけながら言う。 ジラフは言い返す言葉が見つからなかった。 ジェドはさらにジラフを追い詰める様に言った。 「電話を聞いていたなら君も知っているだろう。」 「アン君は一つの結論を出すために今夜ここへ来た。」 ジェドはアン教授の方を見た。 アン教授は気まずそうに目をそらす。 「アン君、ここで聞かせてくれないか?その結論を・・・。」 ジェドがアン教授に言った。 「話し合いをするまでもない事だよ。」 「アン君自身が選んだ結論ならば、どういう答えが出ようとも、君も私も納得 せざるおえまい。」 ジラフに対してジェドが言った。自信に満ちた表情だ。 ジラフはジェドを睨んで唇をかみしめながら、たらりと汗を流す。 「さあ、アン君。聞かせてくれ。君の出した結論を・・・。」 ジェドが言った。 ジラフに緊張がはしる。 「・・・・・・・・・・。」 アン教授は2人から目をそらしたまま、なかなか口を開こうとしない。 「ジェド・・・。私・・・。」 ようやくアン教授が口を開いた。 「あなたのプロポーズは・・・」 「お受け出来ません。」 「な!?」 ジェドの表情が一気に焦りの表情に変わっていった。 逆にジラフの表情からは一気に緊張の色が消えていった。 するとジェドはいきなりアン教授の所へと駆け寄った。 「アン君!・・・何故だ!何故なんだ!」 アン教授に追いすがる様にジェドが問い詰める。 「ジェドさん!もう結論は出たはずですよ・・・。」 ジラフがジェドに対して言った。 「むむ・・・・・。納得がいくものか!!」 ジェドは少々目を血走らせながら声を荒げる。 「アン君!私の何が気に入らないと言うのか!?私はあなたにこんなにも尽く してきたというのに!」 アン教授は目をそらせながら言う。 「ジェド、ごめんなさい・・・。あなたのせいではないわ・・・。」 「?」 ジェドはなおも納得がいかない様子である。 アン教授はジェドの目を見つめて言った。 「今までずるずると引きずってきてしまった事・・・、謝ります・・・。」 「でも私・・・。まだ、やりたい事が、いえ、やらなければならない事がある んです・・・。」 「やらなければならない事?」 ジェドがアン教授に尋ねる様に言った。 「今、大事な研究をしているんです。私にとって、とても大事な・・・。」 アン教授が真剣な目で答える。 「大事な研究?・・・まさか、以前言っていたあのムー大陸の・・・?」 ジェドが問いかける。 「ええ。その通りです。」 アン教授が答える。 「アン君。いい加減にしてくれたまえ!あんなおとぎ話を誰が認めるものか!?」 「そんな夢みたいな事を言ってないで、もっと現実を考えてくれたまえ!」 ジェドは呆れた様に言った。 「夢みたいな事・・・?」 アン教授がふと不快な表情を浮かべた。 「君はまだ分かっていないんだ。世の中というものをね。」 「ムー人が宇宙人?そんな突飛な学説など誰が信じるというんだ?」 「ましてや君は女だ!いい笑いものになるだけだ!目に見えている!」 ジェドは説得するかの様にアン教授に言った。 「誰が何と言おうと、私は自分の学説に確信があります。私は自分自身を信じ ます!」 アン教授がジェドに言った。 ジェドが静かに口を開く。 「・・・青臭い理想論も良いがね、君はきっと、いや、間違いなく傷つく事に なる・・・。」 「私は君のために言っているんだよ。アン君。」 ジェドは再び声を荒げて言った。 「理想は理想なんだ!いい加減にそんな馬鹿げた事なんてやめたまえ!」 (馬鹿げた・・・事?) アン教授の表情はやや怒りの表情へと変わっていった。 その時だった。 「いい加減にするのは、あんたの方だ!!」 突然、ジラフがアン教授とジェドの間に割り込んで来たかと思うと、ジラフは ジェドの胸ぐらをつかんだ。 ジェドもアン教授もいきなりの事に一瞬驚いた様子だ。 「き、君ぃ・・・!」 ジェドが焦った様にジラフに言う。 ジラフはそのままじりじりとジェドを壁際へと押していく。 ただ事でない状況に周囲の人々もざわめきたつ。 「馬鹿げた事だと!!あんたに何が分かるってんだ!!」 ジラフが声を荒げる。 アン教授は慌てた様にジラフに呼びかける。 「ちょ、ちょっと、ジラフ君・・・!」 しかし、ジラフの耳には届いていない。 「アン教授がどんな思いでこの研究に取り組んでいるのか・・・お前に分かっ てたまるか!」 怒鳴り散らすようにジラフが吐き捨てる。 夜の帰り道、ふと振り返る研究所の窓にはいつも明かりが灯っていた。 朝早くから夜遅くまでデスクに向かうアン教授の背中を、ジラフは毎日のよう に見てきた。 時を忘れるように研究に没頭するアン教授、そのまっすぐな瞳がジラフは好き だった。 「お前なんかに・・・お前なんかにぃぃぃぃぃ!!」 ジラフは拳を天高く突き上げ、ジェドの顔をめがけて振り下ろそうとした その時 「やめて!ジラフ君!!」 アン教授の怒鳴り声にジラフがハッとする。 ジラフは振り上げた拳を静かに下ろすと、まじまじとその拳を見つめ、ゆっく りと手をほどいた。 ジラフ自身、自分のした事が信じられない様子だ。 ジラフは、とんでもない事をしてしまったという表情をしている。 ジェドの胸ぐらをつかんでいた手を慌てて離そうとした瞬間、ジェドはジラフ のその手を振り払った。 ジラフはその反動で数歩後にさがる。 アン教授が慌ててジェドの元へ駆けつけた。 「ジェド、大丈夫?」 ジェドは服についた汚れを振り払いらがら怒りを込めて言った。 「とんだディナーになったもんだな・・・。」 アン教授はジラフを睨みつける。 「ジラフ君、“話し合い”がしたいって言ったのは、あなたじゃない!!」 「それなのに暴力に訴えかけるなんて・・・最低だわ!!」 ジラフは何も言い返すことが出来ない。 「アン君、今日のところはこれで失礼させてもらうよ。」 「とんでもない邪魔者が入り込んでしまった様だからね・・・。」 ジェドが皮肉を込めて言う。 ジラフは奥歯を噛み締める。 「今日はごめんなさい・・・。また改めて会いましょう。」 アン教授が申し訳なさそうにジェドに言った。 「君は何も悪くはないさ。じゃぁ、また改めて出直すよ。」 ジェドはそう言うと、ホテルの前に止めてあった車に乗り込み、走り去って行 った。 冬の街中にとり残され、立ち尽くすジラフ。 濡れた体に吹きつける冷たい風が今更のように凍みてくる。 その時ジラフの背中に、ふと暖かな感触が伝わった。 ジラフが目をやるとアン教授の着ていたコートが肩にかかっている。 アン教授が自分のコートをジラフに羽織わせたのだった。 「もう、無理しちゃって・・・。風邪ひくわよ。」 「きょ、教授・・・。」 ジラフはアン教授の方を見る。 「これからが忙しくなるんだから。風邪なんかで研究所を休まないでちょうだ いね。」 そう言ってアン教授はその場を後にした。 ジラフは遠ざかるアン教授の背中をただ見つめる事しか出来なかった。 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆ 翌日 アン教授は研究室のドアを開けた。 「あ、おはようございます。」 ジビーがアン教授に声をかける。 アン教授はチラチラと研究室を見渡すが、ジラフの姿が見えない。 「ジラフくんは?」 「え?まだ来てないですよ。」 ジビー自身もジラフの事を気にかけていた。 (あいつ、また何かやらかしたのか?) 「ふぅ…。私、ジラフ君の所へ行ってみるわ。」 そう言うとアン教授は研究室を出ようとした。 「教授!」 ジビーがアン教授を呼び止めた。 アン教授は足を止め、ジビーの方を振り返る。 「あいつが何をやらかしたか知らないけど…」 「あいつは、一生懸命なやつなんですよ…。だから…」 「知ってる。」 アン教授はジビーの言葉を最後まで聞くことなく言い返した。 「え?」 ジビーはアン教授の言葉に少し戸惑った。 その隙にアン教授は研究室を足早に立ち去った。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。 (ピンポーン) ジラフの部屋の前。 アン教授がインターフォンのベルを鳴らす。 しかし、ジラフは出てこない。 しばらくして、もう一度ベルを鳴らそうとした時、 ドアが開いた。 「は、はい…。」 ジラフは力ない声で静かにドアを開けた。が、 アン教授の姿を見るなり驚いて焦った様に声をあげた。 「きょ、教授…!」 「…。言ったはずでしょ!休まないでちょうだいって!」 少し不機嫌そうにアン教授が言う。 ジラフは気まずそうにしている。 「い、いや、ちょっと風邪を…」 「さっきの大声を聞く限りじゃ、とても風邪には思えないけど?」 ジラフの言葉をかき消すようにアン教授が言った。 「うっ…。」 ジラフは何も言い返せなくなった。 「ちょっと散歩でもしない?」 アン教授がジラフに言った。 「え?ええ…。」 ジラフは少し戸惑いながら返事をした。 2人は無言のまま歩き始めた。 ジラフのアパートから研究所までの道のり。 その途中に大きな川がある。そこにはまだ幾分かの緑が残っており、 2人はその河原の土手を歩いている。 「ちょっと休みましょう?」 アン教授はそう言うと土手を下りて河原に走っていった。 「ちょっと教授!」 ジラフもアン教授の後を追っていく。 2人は河辺に座っている。しばしの無言の時…。 ジラフはその辺に落ちている小石を座ったまま川に向かって投げたりしている。 「本当はね…。」 沈黙を最初に破ったのはアン教授だった。 「本当は…あの時、ジラフ君のおかげで胸がスカーッとしたわ!」 「え?」 ジラフは小石を投げていた手を思わず止めた。 「プッ…。ウフフ。」 アン教授が吹き出すように笑った。 「あなたがジェドの胸ぐらをつかんだ時、胸がスカーッとしたの!」 「本当なら、私があいつの胸ぐらをつかんでやりたかったわ!」 ジョーダンまじりなのか本気なのか、笑いながらアン教授が言う。 「え?…プッ。ハハハ…。」 ジラフも思わず軽く吹き出した。そして、ジラフに少し笑顔が戻る。 ジラフは再び小石を川に向かって投げ始めた。 そのジラフの様子を見ていたアン教授が、その場を立ち上がって言った。 「私も!」 そう言うと、アン教授はポケットの中を探り、 ジェドから貰ったあの指輪を取り出した。 アン教授はその指輪を川に向かって投げた。 指輪は空高く上がり、1度だけキラリと光ると、 川の中にポチャンと沈んでいった。 ジラフにはそれが何なのか分からなかった。 「教授、今、何を捨てたんです?」 不思議そうに尋ねるジラフにアン教授が笑顔で答えた。 「いいえ。」 「捨てたんじゃなくて、見つけたのよ。」 「へ?」 意味の分からないジラフは不可解な表情を浮かべる。 それを見てアン教授がまた笑い出す。 「見つけたって…何を?」 ジラフが尋ねる。 「教えない!」 アン教授は笑いながらそう言うと、その場から走っていった。 「あ、ちょっと待って下さいよ教授!」 ジラフは立ち上がろうとしてつまづき転んだ。 「先に研究室に行ってまってるからね!ジラフ!」 アン教授が遠くで叫んだ。 「え?『ジラフ』って…」 少しジラフは戸惑った。 「待って下さいってば、きょ、教授ーーー!」 ジラフはアン教授の後を追いかけ、走っていった。 河原の木々には若葉が芽を出し、 あたたかな南風が吹いている。 もうすぐ、春がやって来る。 <おわり…?> 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