表紙
ネット『ペポ』6号

(小説)

「ジラフのラブアタック大作戦!」(第三回)



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              「ジラフのラブアタック大作戦!」(第三回)
                                              作: BMA (No.232)
     
     
     <数日後>
     
     「はぁ・・・・・。」
     ため息をつきながらジラフが研究所の廊下を歩いている。
     いつもの元気はないようだ。
     
     「僕ってどうしてこうツイていないんだろう。」
     ようやく気づいた様である。
     
     「やる事なす事失敗ばかり・・・。」
     ジラフは随分思い悩んでいるようである。
     
     「しか〜し!くよくよなんてしていられない!今日こそはしっかりポイントを稼
     いでみせるぞ〜!」
     ジラフの闘志はメラメラと燃えだした。
     
     「やはりここは“優しさ”ですよ!優しさ!」
     ジラフはその場でくるりと一回転。ポーズをきめた。
     
     「そうですよ!元々僕は“ハート”で勝負するって決めてたんじゃないか。」
     「小さな気遣いから、大きな愛が育まれるんです!」
     ジラフは軽やかなステップを踏みながら研究室のドアの前まで来ていた。
     
     研究実に入ろうとジラフはドアノブに手をかけた。
     その時、研究室の中からアン教授の声が聞こえた。
     「そうねぇ・・・、・・・・でも・・・。」
     
     誰かと会話をしている?
     いや、誰かと電話で話している様だ。
     
     ジラフはドアに耳をあて、聞き耳を立てた。
     
     「え?明日・・・、そうね・・・」
     「まあ、明日なら、研究所も休みだし・・・分かったわ。で、どこで?」
     
     (一体、誰と何を話しているんだ・・・?)
     ジラフは少し緊張している。
     
     「・・・ええ。スペースタワー前のオリオンホテルレストランね・・・。」
     
     ジラフは嫌な予感がした。
     
     「いえ、丁度よかったです・・・。私もそろそろ結論を出そうかと・・・。」
     
     (け、け、結論・・・・・って・・・)
     ジラフの額に汗が流れる。
     
     「ええ。じゃあ、明日の夜の・・・8時に会いましょう。ジェド。」
     
     (ジェ・・・ジェド・・・?男の名前・・・。)
     ジラフにも大抵の察しがついた。
     (きょ、教授・・・・・・・。)
     
     ドアノブからジラフの手がそっと離れる。
     ジラフはしばらくドアの前に立ち尽くしていた。
     
     そこへジビーがやって来た。
     「やあ、おはよう。ジラフ。」
     手を軽く上げてジビーがジラフにあいさつする。
     
     ジラフはハッとしたようにジビーの方を見ると、
     ジビーを押しのけて、顔を隠す様にその場を走り去ってしまった。
     
     「お、おい。ジラフ・・・。」
     いつもと違うジラフの様子に少し驚いたのか、今度はジビーの方がその場に立ち
     尽くしてしまった。
     
     すると突然、研究室のドアが開き、アン教授が顔を出した。
     「あら、ジビー君、おはよう。どうしたの?こんな所で立ち尽くしちゃって・・
     ・。」
     アン教授がジビーに尋ねた。
     
     「い、いえ・・・何でもないです・・・。」
     何事もなかったかの様にジビーが答えた。ジラフの事を気遣っての事だろう。
     ジビーはそのまま研究室の中へと入っていった。
     
     その頃ジラフは研究所の中庭にいた。
     ボーっと、遠い目で空を眺めている。
     
     ただの噂・・・可能性は少なくとも、どこかでそう信じていた気持ちが少なから
     ずあった。
     しかし、ジラフは現実を自分の耳で聞いてしまった。
     アン教授にはすでに男がいる・・・分かっていた事のはずなのにショックは大き
     かった。
     
     「明日・・・か・・・。」
     ジラフが静かにつぶやく。
     しばらくしてジラフはおもむろに立ち上がり、研究室へと向かった。
     
     研究室のドアの前。
     ジラフは一呼吸してから、ドアを開けた。
     「おはようございます。」
     
     「あ、ジラフ君、おはよう。どうしたの?1時間以上も遅刻よ。」
     アン教授がジラフに言う。
     
     「す、すみません。ちょっと、寝坊しちゃって・・・。ははは・・・。」
     ジラフは無理やりに笑ってみせた。
     
     ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
     
     数時間が経った。
     ジラフは何も手につかない状態だった。
     目の前の書類や資料に目を通してはいるが、書かれている内容は全く頭に入って
     こない。
     
     「・・フ君?・・・ラフ君?」
     ジラフの耳にふとアン教授の声が聞こえた。
     
     「ジラフ君ってば!」
     アン教授が少し怒った様子で呼びかけている。
     
     「え?あ、はい!何でしょう?」
     ジラフは慌てて返事をした。
     
     「もう、さっきから呼んでるのに・・・。どうしたよ、今日のジラフ君ちょっと
     変よ。」
     呆れた様子でアン教授が言う。
     
     「す、すみません・・・。」
     力なくジラフが答えた。
     (ダ、ダメだ・・・こんなんじゃ余計にアン教授に嫌われる・・・)
     ジラフは心の中でそうつぶやくと、無理矢理に元気を出して言った。
     「で、なんでしょう?教授。」
     
     「これからノートル教授の実験準備の手伝いにいくんだけど、一緒にきてもらえ
     るかしら?」
     
     「もちろんですとも!ははは・・・」
     ジラフは笑って答えてみせる。
     
     「じゃ、ジビー君、それまで続きをお願いね。」
     アン教授がジビーに言った。
     
     「はい。」
     ジビーが答える。
     
     ジラフとアン教授はノートル教授の実験室へと向かった。
     ノートル教授の専門は化学分野のため、
     実験室はジラフ達の研究室からは随分離れた場所にある。
     
     今なら二人っきり。
     ジラフはあの電話の事を聞こうと思うが、どうしても口が開かない。
     長い間の沈黙・・・・・。
     
     そうこうしている内についに実験室まで来てしまった。
     
     「やあ、アン君。君も忙しいのにすまないね。」
     ノートル教授がアン教授に言った。
     
     「いえ、困ったときはお互い様ですわ。」
     「こちらはジラフ君です。彼も一緒に手伝いますので・・・。」
     アン教授が答える。
     
     「どうも、ジラフです。」
     ノートル教授に会釈をしながらジラフが言った。
     
     「では、この薬品の配合をお願いできますかな。明日の実験に必要でね。」
     「私はこれから会合へ行かなくてはならないので。」
     ノートル教授が色々な薬品ビンの入ったケースを持ってきた。
     
     「はい。では後は私達に任せてください。」
     アン教授がノートル教授に言った。
     
     「では、すまないが、私はこれで・・・。」
     そう言うとノートル教授は実験室を出て行った。
     
     「さあ、はやいとこ済ませちゃいましょ。」
     アン教授がジラフに笑いかけながら言う。
     
     「は、はい。そうですね。」
     ジラフも無理矢理な笑顔で答える。
     
     再び二人っきりの空間が訪れた。
     
     二人は薬品の配合を始める。
     
     (お、落ち着け!落ち着くんだジラフ!・・・)
     心の中でジラフは自分自身に言い聞かせている。
     (そうだ・・・今日は“優しさ”で勝負するって決めて来たんじゃないか。)
     (小さな気遣い・・・。ハートで勝負・・・。焦っちゃダメだ・・・。)
     
     「きょ、教授、それは僕がやりますよ。」
     ジラフがアン教授に言った。
     
     「あら、それじゃ頼むわね。」
     アン教授はそう言うとジラフに2つの薬品を手渡した。
     
     その時、ジラフは誤って薬品をこぼしてしまった。
     「あ!」
     あわてて台拭きでこぼした薬品を拭き取る。
     
     それを見たアン教授が思わず笑ってしまった。
     「フフフ。ジラフ君って不器用なのね。」
     
     (ガーーーーーーーン!)
     (しまった!アン教授に頼りないとか思われたに違いない・・・。)
     (何やってんだ!僕は!)
     (ますます教授に悪い印象を与えるばかりだ・・・)
     ジラフは焦っていた。
     どうしても今朝の電話の事が気になって仕方が無い。
     
     (くそぅ・・・。何が“小さな気遣い”だ・・・。僕にはもう時間がないんだ・
     ・・。)
     思わずジラフは頭を抱えた。
     (こんなんじゃ、こんなんじゃ間に合わないんだ!明日には教授はもう・・・)
     (僕にはもう今日しか残されてないんだ!小さな気遣いなんかで何が出来るって
     んだ・・・!)
     (何が“ハート”で勝負だ!・・・時間が・・・時間が、もうないんだ・・・)
     
     「どうしたの?ジラフ君。」
     様子のおかしいジラフを見てアン教授が言った。
     
     「い、いえ、なんでもないです・・・。」
     そう言ってジラフは再び薬品の配合をはじめる。
     
     すると、またジラフが薬品をこぼしてしまった。
     「あ!」
     
     「ちょ、ちょっとジラフ君。この中には劇薬も含まれているのよ!ボーっとして
     たら危ないじゃない!」
     今度は少し怒った様子でアン教授が言った。
     
     「すみません。今度はちゃんとしますから・・・。」
     
     「いいえ、もういいわ。今日のジラフ君やっぱり少し変よ。今日はもう帰って休
     んだ方がいいわ。」
     アン教授はジラフに言った。
     
     「そ、そんな・・・。教授!僕は大丈夫ですから・・・。」
     ジラフが追いすがるように言う。
     
     「気持ちは嬉しいけど、あなたのために言ってるのよ。今日はもう帰りなさい。」
     
     (そ、そんな・・・。僕には今日しか・・・。今日しか・・・。)
     
     これ以上しつこく追いすがっても印象を悪くする一方だ・・・。
     自分でそう言い聞かせてジラフが言った。
     「それじゃあ、・・・お先に失礼させてもらいます・・・。」
     ジラフは静かに実験室を後にした。
     
     (終わってしまった・・・。何もかも・・・。)
     心の中でジラフがつぶやく。
     
     空を見上げれば、雲が夕日の色に染まっていた。
     学校帰りの子供たちや学生たちの姿がちらほらみえる。
     
     もうすぐ、日が暮れる。
     
     
     ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
     
     
     <翌日>
     
     ついに、この日がやって来てしまった・・・。
     
     休日の朝がこんなにも辛いとは、ジラフ自身、思ってもみなかった事だろう。
     
     昨夜ジラフは当然のごとく一睡もできなかった。
     かといって、やけ酒する気力もなかった。
     
     ジラフにとっては、ただ辛くて長いだけの夜だった。
     
     外はとても天気が良い。
     しかし、ジラフは出かける気にもならない。
     ベッドにうずくまったまま、何も出来ないでいる。
     
     むなしく時間だけが過ぎていく。
     
     やがて、昼が訪れ、
     
     日が暮れていった。
     
     ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
     
     あれから何時間経ったのだろう・・・。
     外はもう暗い。
     
     その時だった。
     
     (トゥルルルルル・・・トゥルルルルル・・・)
     電話が鳴っている。
     ジラフは電話に出る気力もないようだ。
     
     (でも、ひょっとしたら・・・)
     ジラフは思い切って電話に出てみる。
     
     「はい・・・、ジラフですが・・・。」
     『やあ、ジラフ。オレだよ。』
     ジビーからだった。
     「やはり」と思いつつもジラフは少しがっかりした様子だ。
     
     「や、やあ、ジビー。何か用かい?」
     平静を装ってジラフが言う。
     
     『何か用かい?じゃないさ。アン教授が今日、例の男と会うらしいんだよ。』
     「ああ、知ってるよ・・・。」
     
     『知ってる?』
     ジビーは少し驚いた様子の声で答えた。
     
     「昨日の朝・・・、聞いたんだ。アン教授がジェドとかいう男と電話で話してい
     るのを・・・。」
     『・・・・・。』
     
     しばらくの間、沈黙が続いた。
     
     沈黙を破ったのはジビーだった。
     『だったら、お前、なんでこんな所でボーっとしてんだよ。』
     
     「僕の負けだ・・・。もう、終わったんだよ。ジビー」
     ジラフが寂しそうな声で答える。
     
     『何言ってんだ!?お前、まだ勝負はついてないじゃないか!』
     ジビーが怒ったように言う。
     
     「でも、8時にはアン教授はその男に会って、結論を出すって・・・。」
     ジラフは、なお無気力な声で答える。
     
     『だったら、お前にはまだ1時間と21分残っているだろ!』
     
     ジラフは時計を見る。
     ・・・・・・・6時39分・・・・・・・
     
     ジビーが続けて言う。
     『おい、ジラフ・・・。まだ諦めるなよ!』
     
     「ジビー・・・。」
     
     『お前が諦めちまったら、・・・オレの立場がないだろ。』
     
     ジラフはしばらくはその意味が解らなかった。
     
     「!?」
     ジラフはハッとした。
     
     「ジ、ジビー!お前・・・まさか・・・!」
     (本当は、お前も・・・アン教授の事を・・・・・)
     
     「・・・・・・・・・・・・。」
     
     ジラフは拳をグッと握り締めた。
     まだ終わってもいないのに、簡単に諦めてしまっていた弱気な自分が情けなかっ
     た。
     ジビーの気持ちも知らずに、ネチネチと失恋感情に浸っている自分が許せなかっ
     た。
     自分自身が、情けなくって・・・悔しくって・・・涙がこぼれた。
     
     『ジラフ、何してんだよ!こうしている間にも、時間は過ぎていってるんだぞ!』
     
     「!?」
     再びジラフはハッとした。
     
     「ジビー・・・」
     
     『何だ?』
     
     「ありがとう!」
     力強い、ジラフの声。
     
     『ああ。』
     それを聞いて安心した様にジビーが答える。
     
     ジラフは電話を切ると、そのまますぐに外へと飛び出した。
     
     切れた電話の向こうで、ジビーは呆れた表情をしつつも静かに笑っていた。
     (ったく、とことん世話のやける奴だな・・・。へへ・・・。)

     
     ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
     
     
     ジラフはまっすぐ前を見つめ、口元をキリっとしめて、全速力で夜の街を駆け抜
     けていく。
     (スペースタワー前・・・・・オリオンホテル・・・・・)
     
     8時まで、あと58分・・・・・。
     
     
                                                               <つづく>
     
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