ネット『ペポ』5号
---------------------------------------------------------------------------- 「漂流、サジタリウス号 −夢光年異聞−」 作: 柚崎奈津子 (No.018) 「だああっ!もうこんなボロ船で命縮めるのはごめんですうっ!」 ヒステリーに近い声で叫ぶのは、キリンというか、豆付きもやしというか− −という感じの、一人の男性。なにかをひっつかんで、しきりに悲鳴を上げて いる。その時、彼の足元の床が斜めになって、掴まっている物が頭の上に−− 早い話がぶら下がった状態になり、彼は、 「落ちる!落ちるぅ!」 と、さらに足をバタつかせている。 「やかましいわぃ!ジラフ、いちいちわめくな!お前のせいで船が安定せん やろ!」 その上−−正確には宇宙船のコクピットシートの上で、仰向けの首を右側に 向けて、カエル似の−−こちらはどうみても、50代以上という風貌の男が怒 鳴る。 また揺れが来る。 「ワー!ペポォォ!」 二つあるシートの間を、こちらは琵琶をしょった、サボテン型の生き物が、 跳ね回っている。フロントグラスに当たって、返りざまに右側の人物にぶつか って、 「うわっ!」 「わああ!トッピー!ごめんペポォ」 「シビップ、ちゃんと何かに掴まってって言っただろう、もぉっ! 少しイラついた調子で答えた、トッピーと呼ばれた男−−カバと犬の間の、 人懐こい感じのタイプだが−−は、左手でぶつけた鼻を押えつつ、船のコント ロールをしようと、右手一本で格闘していた。 「あかん、トッピー、メインエンジンが完全に浸水しとる!」 訛のある調子で、さっきのカエル似の男が怒鳴る。 「なんですってえ!?ラナさん、このままじゃサジタリウス号が沈むじゃな いですかあっ!」 ジラフが、顔を真っ青にして、ラナ−−カエル似の男−−の首に手をかけて、 手を前後に揺らす。首を絞められるのを何とかしようと、 「こらジラフ、離せ、離さんかい!」 「ペポジラフ、駄目ペポォ!」 ラナとシビップが、ジラフの手をほどきにかかるが、揺れている上、火事場の 馬鹿力を出されているので、なかなかうまくいかない。 「そんな騒ぎの中、思いつめた顔でモニターを眺めていたトッピーが、 「仕方がない、荷物ブロックを切り離す!」 意を決した声で告げた。 「何やて?」 と、ラナ。 「何ですってえっ!」 これはジラフ。 「ペポ、トッピー、そんな事したら、サジタリウス号は−−」 シビップが、おそらく三人同時に思った事を、何とか声にした。 「今なら、第一ロケットだけなら脱出できる。時間が無いんだ。ラナ、切り 離し準備!」 「トッピー………」 小さく呟きながら、トッピーの真剣な顔を見つめ、ラナも覚悟を決めた。 「解った、荷物ブロック、切り離し準備や」 ラナが、慣れた操作でレバー切替を行う。 「荷物ブロックが無くなったら、地球に帰れないですかぁ!」 両手で頭を抱え、ジラフが嘆く。 「今は生き残る事が大事だよ、ジラフ」 「そや、命あってのラザニアや」 作業を続けながら、トッピーとラナが呼吸の合った言葉を継ぐ。 こうなると、もう他に方法が無いと悟らざるをえない。ジラフはしゃがみこ みながら、 「アン教授ぅ………」 と、祈る様に何度も呟く。シビップの方は、もう何もできないので、只、皆を 不安そうに見つめるばかりだった。 やがて、ラナがトッピーに向き直り、 「トッピー、こっちは準備完了や」 の声と共に、トッピーも、準備操作を終えていた。トッピーは後ろに向き直り、 「ジラフ、シビップ、シートについててくれ」 と指示をする。ジラフは、コクピットに唯一残ったシートに、シビップは、救 命ポッドに慌てて乗り込んだ。 波に揺られながら、サジタリウス号は、メインエンジンの噴出口から縦に沈 み始めていた。一刻を争う状況になっていた。 「第一エンジン、発進!」 トッピーが必死の叫びで操縦桿を引いた。轟音と衝撃が体を絞めつける。 本来なら、経済速度を保つための、中心部を切離した状態で行う発進だが、 緊急を要する今回は、荷物ブロックを発車台の替わりにした為、激しい振動が 起きたのだ。その上−− 「ピーッ!ピーッ!ピーッ!」 また警告ランプの音が響き渡った。 「こ、こ、今度は何ですかああっ!」 目を閉じてジラフが叫ぶ。パイロットの二人は、しきりに、コクピットと格闘 したが、やがてトッピーが叫んだ。 「メインエンジンの出力が足りない!失速するぞ!」 「何ですってえ!」 「何やとぉ!」 ジラフとラナ、同時に叫んだ時、水平移動になりかけた、第一エンジンは、下 向きに、落ちようとしていた。 「な、何とかして下さいよ」 ジラフの叫びに応えるかの様に、トッピーが 「ラナ、何とか水平に不時着できる様にレバーを前に!」 と指示を飛ばす。 「もうヤケや、クソーッ!」 悪態をつきながら、ラナが操縦桿のレバーを目一杯押し、無理矢理水平近くに 機体を向けた−−そこが限界だった。 ロケットの先端から水面に突っ込んだサジタリウス号は、水面を何千メート ルも滑り、まるで丸太船の様ないで立ちで、波に浮かんでいた。 <つづく> ----------------------------------------------------------------------------