表紙
ネット『ペポ』5号

(小説)

「ども」



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                          「ども」
                                              作: さとひでまたけ (No.164)
     
     
       若いころは人一倍“世間体”を気にしていた僕。
       “男らしく生きよう!!”と息巻いてたけど、気持と行動はいつも裏腹だっ
     た。
     
       この歳になって、ようやくあの頃の葛藤を笑い飛ばせる自分が育った。
     
       僕がこのように成長できたのは、何よりも愛する妻と手塩にかけて育てた愛
     娘。この2人の女性のおかげだと感謝している。
     
       妻と結ばれてしばらくは、彼女のために全力投球。周りから「ヒモ男」と後
     ろ指さされても、“それが僕のつとめだ”との自負があった。彼女も、「私は
     そんなあなたをホコリに思っているわ」と認めてくれていた。
     
       しかし…。
     
       心の片隅にしまってあった“男らしさ”が3年、4年と経過するにつれ、は
     ちきれそうになっていた。 この危機を救ってくれたのは、他でもない、妻が
     がんばって産んでくれた一粒種だった。
     
       研究と調査、そして学会とますます忙しく働く妻に代わって娘を育てあげた。
      娘は僕に信頼をよせ、さすがに思春期をむかえてからは、会話が減ったけど、
     大切な相談事は僕にしてくれている。
     
       この家事と育児の経験は、他の父親には得がたいものだ。おかげで、僕はこ
     の経験をライフワークにし、今は妻とともに研究生活をおくっている。 何本
     か書いた論文のひとつが話題となり、近々妻の調査団とともに調査研究のため、
     ある惑星に旅立つこととなっている。
     
       が、こんな幸せな僕に最近頭の痛い問題が…。
     
       年頃になって、女らしさに磨きがかかり、気性も妻に似てきた娘。 彼女に
     男の影が?!
     
       妻は、「前に会ったけどステキな人よ。けどおもしろいの。かんじも見た目
     もあなたによく似ているのよ」と。 これまで何でも先に僕に話してくれた娘
     が、ずっと黙っていた!
     
       しかも、その男とは半年以上前からつきあっていたとは!!
     
       ああ〜、おそれていたことがぁ。この日がいつかくるとは思っていたけど、
     こんな形でやってくるとは!!
     
       ああ…、出発まであと数日。 行きたい、しかし、行けない。いや、行かね
     ば〜。 ああ〜 僕はどうすればいいんですか!!
     
       と、その時だった。
     
       “ピンポーン” 玄関をあけると娘だった。
     
       じっと立ったままの彼女。何かいいたげな表情で目を下に向けている。 こ
     んな時の彼女はこのあとかならず重大な決意を告げる。
     
       “あっ”と思った。 父親の直感で、おそれていた瞬間がやってきたという
     ことがわかった。
     
       「あのね、お父さん」
     
       娘が口をひらいた。 が、僕はそれを制止した。
     
       「まあ、とにかく話はあとだ。中に入りなさい。君もね」
     
       はっとした表情の娘。 そのとなりの青年も少しおどろいているようだ。
     
       「あ、あの…は、はじめまして! ぼ、ぼ、僕、お嬢さんと交際している者
     で……」
     
       彼は好感のもてる笑顔でそうあいさつした。
     
       以前、妻が話してた通り、僕によく似た感じの男だ。
     
       ひとまず深呼吸をした。 ここまできたら逃げないぞ。
     
       僕は男親だ。 …そうしたら、これまでの不安はスーッときえた。 そして、
     僕はこういった。
     
       「ども」
     

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