ネット『ペポ』4号
---------------------------------------------------------------------------- 「やあ」 作: さとひでまたけ (No.164) 「社長、専務が先ほどからお呼びです。」 「あぁ、わかった。今すぐ行くって伝えといてくれ。」 若い事務員がそう伝えて部屋を出た。彼は何度か僕に呼びかけてくれてたよ うだが、壁の宇宙地図に見入っていたから気付くのがおくれた。 デスクとソファー、そして壁に10畳ほどの大きな宇宙地図。もちろん僕の 愛機「サジタリウス号」と家族の写真もこの部屋に飾ってある。6畳ほどのこ のひと部屋が今の僕の仕事場だ。ここでは主に伝票整理をやっている。 ひとまず専務のところに行くとしよう。 専務に呼ばれて社長が出向くっていうのはおかしい感じがするかもしれない。 けど、我が社ではごく普通のこと。フランクと言えばそうかもしれない。 我が社は、社長、専務、そして従業員あわせて18人という中小企業。宇宙 線、国内線の両方での運送を生業としている。 僕は宇宙線クルーを10年前に引退し、今は主に社内業務に専念している。 宇宙へのあこがれは忘れた訳じゃないけど、創業した時より忙しくなった今は 仕事にロマンを追うのは地図の中に留めている。 ここまで軌道にのせてくれた専務には感謝はしている。 「やあ、来たけど何だい。」 「あ、あなた。新しい仕事の企画書を若い子が出してくれてるの。お昼も用 意できてるからダイニングで目を通してくれないかしら。」 専務、それは僕の奥さん。彼女が会社を手伝ってくれるようになってから、 トントン拍子に業績が上がった。おかげで会社は潰れず、僕も船に乗りつづけ る事が出来た。彼女はよくしてくれる。無類の冒険家の僕を家庭でも仕事でも サポートしてくれている。2人の子供も立派に育ててくれた。 仕事の合間にご飯を作って、食卓に並べてくれている。 僕は、幸せ者だと思ってる。 僕は、幸せ者だ。幸せ者だ。幸せ者…だ? なんだろう、この虚無感は? なんだろう、心は宇宙に飛んでいる。 なぜだろう…。 「あなた、あなた!大丈夫?スープこぼしかけてる。」 「あ、おっとと!!ははっ、ぼうとしてたね。そう、この企画なかなかいい んじゃないかな。」 危ないとこだ。せっかくの企画書にスープをこぼすとこだった。最近こんな 事が多い僕。 「ねえ、あなた。」 彼女が、僕を見つめてこう言ったあと、しばしの沈黙の時が流れた。なんだ ろう? 「何だい?はは、ちょっと考え事をしてただけさ。まだまだ大丈夫!ほら!!」 「あなた…、宇宙(そら)に行きたいんでしょう。」 「…、アハハッ。何いってんだい。体力の限界、機体の老朽化、それに内務 が多忙になったんだ。パイロットからの引退は僕自身が決めたんだ。もう、 10年も前のことさ。」 「後悔している。そうでしょう。」 「うっ…、後悔してないさ!あ、美味しい。君も冷めないうちに食べなよ。」 びっくりした。今僕は、どんな顔をしてるんだろう。彼女は…、憂いを帯び た表情で僕を見つめている。 心臓が今も高らかに鳴っている。 この張り詰めた空気を破る1本の電話。 ガチャッ。 「もしもし…?やあ、君かい?!」 ---------------------------------------------------------------------------- この小説の御感想を、編集部 までお寄せ下さい。