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ネット『ペポ』2号

(小説) 「未来からの訪問者」 第三章

(注)これは、公認FC会誌『ペポ』26号(平成4年9月30日初版発行)からの再録です。

 御感想は、島田美都子さん編集部 までメールでお願いします。(島田さんのホームページ
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                      「ペポ」26号       H4.9.30 初版発行

        未来からの訪問者 No.24 島田美都子

     第三章  蛤御門の変

       池田屋騒動はまたたく間に各地に伝えられ、尊皇攘夷派の志士達を憤激させ
     た。その中でも特に、この事件で仲間が殺されたり捕縛(ほばく)されたりし
     た長州藩の連中の怒りはただものではなかったと言える。
       おまけに、彼らが怒った理由はそれだけではなかった。第一章を思い出して
     頂きたいのだが、かつて、京都に尊皇攘夷の牙城を築いていた長州が、その過
     激なやり方を嫌う薩摩や会津によって京都から追い出されるという事件があっ
     た、と書いたと思う。
       何とか京都での地位を奪回したいとその事件以後、長州の誰もが焦っていた。
     長州復活のためにはどうすればいいか?…藩内は、京都に兵を進めようという
     意見と、それに反対する慎重論とで二分されていた。
       そんな時に池田屋騒動の報である。『堪忍袋の尾が切れる』とはまさにこの
     ことだろうか、ついに藩主は3人の家老に対して兵を率いて上京せよ、と命じ、
     元治元年6月下旬には早くも長州兵が京都に押し寄せつつあった。
     
       「ち、ちょっと待って下さいよ桂さん!!」
       「今さら何を待てというんじゃ、ジラフ君。」
       「確かに先日の池田屋事件はあんまりです!!でもイキナリ武力に訴えるな
     んて…。」
       難しい顔をして座っている桂小五郎を前にジラフは身を乗り出すようにして
     叫んだ。
       「…僕も、それに国元の高杉晋作も必死に止めたよ…。しかし長州人達の怒
     りは、もう誰にも止められないんだ。」
       桂はあの日、結局池田屋には来なかった。というのも、ジラフと別れてから
     立ち寄った対馬藩邸で、彼はすっかり話に夢中になってしまい、それが彼を命
     拾いさせることになったのだ。
       「ジラフ君、君も知っての通り、この京都のまわりには続々と長州軍が集ま
     って来ちょる。長州軍が帝のおわす御所に危害を加えることを恐れた朝廷は幕
     府に援軍を求め、その幕軍はさらに薩摩や会津に援軍を求めているという…。
     もはや一戦交えるしかないんだよ。」
       確かにジラフも、迫り来る長州軍に対して朝廷と幕府が日ごとに警戒を強め
     ていることはよく承知していた。それだけ京都じゅうがピリピリとしているの
     である。
       それにジラフ達未来から来た者は、いくらそうしたくても過去の歴史を変え
     ることだけは絶対に許されないのだ。例え戦(いくさ)が起ころうとも、黙っ
     て見ているしかない…。
       「…桂さんも…行くんですか…?」
       「僕もあまり殺生は好かんのだが、御家老から呼び出しが来たよ。近いうち
     に嵯峨にある陣地に向かう。」
       「桂さんに戦争なんて似合わないのになぁ…。」
       桂は苦笑した。彼の『殺生は好かん』という言葉はどうやら本当で、当時新
     道無念流の使い手としてその名を全国にとどろかせていたにもかかわらず、彼
     はあの坂本龍馬と同じく、その生涯において誰1人としてその手にかけたこと
     がなかったという。
       「もし戦(いくさ)が始まったなら、君は藩邸から1歩も出ない方がいい。
     …そうだ、君さえ良ければここに運ばれてくる負傷者の手当てを手伝ってやっ
     てはくれぬか。」
       「…僕はかまいませんが…まさか敵がここまで攻めて来るなんてことはない
     んでしょうね?!」
       「それは大丈夫。幕府の連中も負傷者を収容しちょる場所にまでは攻め込ん
     では来んじゃろう。」
       「そうですね…。…ねぇ桂さん、長州は幕府と戦うんですよね?」
       「ああ。倒幕をかかげちょる我が藩は、幕府にとっては目の上のたんこぶじ
     ゃけえのう。」
       「あの…幕府っていうと、その…新撰組なんかも幕府の味方でしたよね…?」
       「おそらく幕府の命令で、新撰組も戦にかり出されることになるじゃろうな。
     …それがどうかしたのか、ジラフ君。」
       「いっ、いえ何でも…。」
       ジラフにとって今最も頼りに出来る桂に対してでも、まさか新撰組に友達が
     いるなんて口がさけても言えなかった。桂に知られぬように、ジラフは一つ溜
     息をつく。
     −−−ラナさん…どうしてるだろ…。
     
     
       池田屋で吐血した沖田総司は屯所へかつぎ込まれてからというもの、三日三
     晩目覚めることなく眠り続けた。思えばこれが、若い沖田の『労咳』との戦い
     の始まりだったのである。
       「沖田はん、強い日差しは体に毒でっせ。そろそろ部屋に戻らんと…。」
       夏の声を聞きはじめた京都は日ごとに暑さを増して行った。
       縁側に出て外の空気を吸いたいという沖田につき添ったラナがまぶしそうに
     手をかざすのを見て、沖田は無邪気に笑った。
       「今日はとっても気分がいいんです。もう少しだけこうしていたいな…。」
       その笑顔は、ラナに『否(いな)』と言わせぬ不思議な力を秘めていた。ラ
     ナは苦笑いして、縁側に腰を降ろす。
       「ほなら…もう少しだけやで、沖田はん。」
       「ありがとうございます、ラナさん。」
       日の当たる縁側に座っている2人は、互いの顔を見合うとくすくす笑った。
       「…ラナさんって…不思議な方ですね。」
       「わしが…?」
       「時々思うんです。ラナさんって私の知らないような、どこか遠くから来た
     人じゃないか…って、…おかしいですよね、そんなはずないのに…。」
       おかしいどころか、思わずラナは言葉を失ってしまった。確かに自分は、沖
     田も知らないような世界から来たのだから…。
       「−−ラナさん私はね、剣で身を立てたいと思って、幼いころからずっと剣
     術を学んで来たんです。…でも今の私は…来る日も来る日も幕府のため、京の
     治安を守るために人ばかり斬って…自分で自分のことがわからなくなることが
     あるんです・・・。」
       「…沖田はん…。」
       「あ、すいません、ラナさんにこんな話聞かせちゃって…。あなたといると
     何だかホッとしちゃって、つい…。」
       病人は弱気になりがちだ、とよく言われるが、沖田も例外ではなかったのだ
     ろう。それに彼は本当にラナを慕っている。ラナ自身も、こんな人なつっこい
     性格の沖田が『人斬り集団』のメンバーであるとは信じられない程に。
       「…沖田はん…わしで良かったら何でも話してや…。」
       「…はい…!!」
       幕府から新撰組に対して『万一戦(いくさ)にならば出動すべし』という命
     令が下ったのは、この日の夕方であった。
     
     
     
       その頃、京・薩摩藩邸の1室では、すっかり京での生活にも慣れたトッピー
     とアンが真剣な顔をして黙ったままでいるのをよそに、西郷と吉井がなお深刻
     そうな顔をして話し込んでいた。
       「…長州は一戦交えにゃ気が済まんようじゃな…。幕府は幕府で長州を叩き
     つぶすつもりでおる。一体どちらに味方したものかな?」
       そう言うと吉井は茶の入った湯飲みを手に取った。
       「幕府が出兵を要請して来やったどん断りもした。我が藩は朝廷の御命令が
     ない限り動かぬ。」
       今度の池田屋事件は会津藩が養っている新撰組が引き起こした事件なだけに、
     今度の衝突は長州と会津の私闘であり、そのような場に兵を出すことは出来な
     い…と西郷は思っている。ただ長州が朝廷に対して攻撃をしかけるようなこと
     になって朝廷から『長州討つべし』との命令が下った時のみ参戦するのだと決
     意していた。それまではひたすら御所の守衛に徹するのである。
       「万一長州と戦うことになっても滅ぼしてはいかん。それが幕府の権力回復
     につながってこの薩摩にまで圧力がかかって来るかも知れんでな。ただ幕府の
     ことだけに気を取られすぎて、植民地にしようとこの国を狙っちょる外国の存
     在を忘れて私意を押し通そうとしちょる長州をこらしめておく必要はありもす。
     −−トッピーさァ、先程から顔色があまりようなかどん、どげんなされもした?」
       熱弁をふるっていた西郷がふとトッピーに視線を移すと、彼はいやに不機嫌
     そうな顔をしてうつむいていた。その隣に座っていたアンも不安そうに彼の顔
     をのぞき込む。
       「…いえ…何でもありません…。」
       トッピーは日頃アンから、この時代のことにあまり口出しするなと言われて
     きていた。むやみにこちらから歴史を変えてしまっては今の自分たちの存在す
     らも危うくなると…。しかし過ぎ去った時代のことであれ何であれ、常から正
     義感の塊であるトッピーの性格としては、同じ日本人同士が殺し合うという行
     為の横行するこの世界に対し、またそれをどうすることも出来ない自分に対し
     ても激しいいら立ちを覚えずにはいられなかったのである。
       だが運良くこの世界から抜け出せるその日まで、自分はこの世界で生きなけ
     ればならないのである。
     −−−耐えなければ…!
       トッピーは膝(ひざ)の上の握り拳に力を込めた。
     
       元治元年7月19日朝、それぞれの思惑をのせてついに戦端が開かれた。京
     都を包囲するように布陣していた長州軍は怒涛の進軍で御所に到達。会津・桑
     名藩兵を退かせ宮門に迫る勢いであった。
       朝廷から命を受けた薩摩藩も結局は参戦する事となり、御所西側の乾門(い
     ぬいもん)の付近で激戦を展開していた。
     
       その激戦を裏付けるかのように、ここ長州藩邸にも戦闘で負傷した者が続々
     とかつぎ込まれて来る。その中でジラフは、比較的ケガの軽い者の手当てにて
     んてこまいしていた。
       「いたたっ…もう少しやさしゅう頼む…。」
       「あ、すいません…。大丈夫ですか。」
       その男は足を負傷しており、ジラフはその足に薬を塗っていた。
       「…この戦(いくさ)をおまんはどう思う?」
       「え?」
       「…俺(あし)も長州について戦ってきたが、この戦…長州の負けじゃ。」
       「…僕は…勝つとか負けるとかよりも、同じ国の人が…こんなになるまで戦
     ってるってことが信じられませんね…!!」
       そう言いながら半分ヤケになって薬を塗っているジラフを、男はじっと見つ
     めた。一瞬自分がマズいことを言ってしまったのではと思ったジラフであった
     が、開き直りで包帯を手にすると男の足にぐるぐるとそれを巻きつけた。
       「ハハハハ…」
       突然の男の高笑いに、包帯を巻くジラフの手はビクついた。
       「なっ、何ですかいきなり…!!」
       「いやぁ、おまんなかなかおもしろいことを言うのう、気に入ったぜよ。」
       「…は…?」
       「あぁ、俺の名は中岡慎太郎。これも何かの縁じゃ、よろしゅう頼むぜよ。」
       「え?!あ…こちらこそ…。僕はジラフ…です。」
       「ふ〜ん変な名前じゃのう。まぁええ、おまんとは気が合いそうじゃ。」
       いきなりさわやかな顔で『気に入った』だの『縁がある』だの言われ、ジラ
     フはドギマギしてしまっていた。
       だがこの中岡慎太郎との出会いが自分をさらに幕末人にしてしまうなど、ジ
     ラフには考えも及ばなかっただろう。
     
       結局、『禁門の変』と呼ばれるこの戦いは長州の完敗に終った。1度ならず
     2度までも薩摩・会津に煮え湯を飲まされた長州は、益々これらの藩に対して
     憎悪を抱くようになる。
       歴史の流れは、バラバラになったトッピー達をまだめぐり会わせない−−。

                         −−続く−−

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