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ネット『ペポ』1号

(小説) 「未来からの訪問者」 第二章

(注)これは、公認FC会誌『ペポ』25号(平成4年6月30日初版発行)からの再録です。

 御感想は、島田美都子さん編集部 までメールでお願いします。(島田さんのホームページ
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                       「ペポ」25号       H4.6.30 初版発行
    
         未来からの訪問者 No.24 島田美都子
    
      第2章 池田屋騒動
    
      −−ドタドタドタ……
      誰かが廊下を走っていく。その廊下の脇にある小部屋の中では、1人の男が
    その音をぼんやり聞いていた。
      −−ドタドタドタ……
      また誰かが走っていった。しかし男の様子は変わらない。目の前に置いてあ
    るご飯、焼き魚などの食事に手をつけた様子もなく、抜け殻のように座ってい
    るだけだ。
      「…入りますよ、いいですか?」
      障子のむこうに、すらりと背の高い細身の人物の影がうつっている。
      「開けますよ、ラナさん。」
      その人物は静かに障子を開け、手のつけられない食事に目をやった。
      「ラナさん、駄目じゃないですか…。そりゃあ、私達浪士の食事は粗末なも
    のばかりです。ですが何か食べないとお体にさわりますよ。どうか1口だけで
    も…。」
      ラナの隣に座ると、彼はさみし気に言った。彼の名は沖田総司。皆さんも名
    前くらいなら御存知だろう。
      「何か…悩み事でもあるんですか?私でよければ何でも相談に乗りますから、
    遠慮なく言って下さい…。」
      「すまんなァ…」
      「え?」
      沖田にも聞き取れなかった程の、蚊のなくような声だった。
      「沖田はん、わしは心の底から好きやった友達と生き別れになったんや。理
    由は言えんけど…。もし…このままあいつらと会えんかったら…!!」
      ラナは今にも泣きそうだった。沖田には、かける言葉も見付からない。
      「わしには女房かて、子供かておるんや。せやのに我が家へ帰れへん…。天
    涯孤独になってしもうた…。」
      泣くに泣かれぬといった様子である。それでなくとも、皆さんもよく御存知
    のラナの性分である。どれ程心弱かったことか。
      「ラナさん…申し訳ありません。私ではなんの力にもなれない…。」
      急に沖田の口調に力がなくなったと気付いたラナは、彼の顔を見てハッとし
    た。目がうるんで、本当にすまなそうな顔をしているのである。この時、ラナ
    の心の中で何かが動いた…。
      −−−ドタドタドタ……
      廊下を走っていく音にあわただしさが増している。ラナもぼんやりしていた
    とはいえ、今までその音が気にならなかった訳ではない。
      「沖田はん、何や騒々しいけど、どないしたんや?」
      「…え?あぁ…古高が吐いたんですよ…。」
      「古高?あ〜この前あんさんらが捕まえて来た男やったな…。」
      話すうちに、2人は冷静さを取り戻していた。
      さて、ここでまた頭の痛くなるような事柄を述べておかなければならない。
      前回書いた通り、当時の政治の中心地は京都であり、それゆえ政治的かけひ
    きも煩雑に行なわれた。自らの藩を脱藩した浪士達も次々と京都に集結し、尊
    皇攘夷を名目に様々な活動をしていたため、京都の治安は千々に乱れていたの
    である。これには、当時の京都守護職であった若き会津藩主・松平容保も頭を
    悩ませていたが、そんな時、この浪士達を取り締まるために結成されたグルー
    プがあった。御存知『新撰組』である。
      今のラナは、その新撰組の屯所で居候的身分であった。そして沖田の言う
    『古高』という人物は、新撰組のいわゆる『志士狩り』で捕えられた人物の名
    字である。
      「今から古高の証言についての話があるんです。ラナさんも行きますか?」
      「…わし…難しい話はわからんで。」
      「大丈夫ですよ。私達は幕府に忠誠を誓い、幕府転覆をもくろむ者たちを取
    り締るのが役目なだけです。」
    −−−えらいけったいな世界やな…。せやけど、これからどないしょ…。今は、
    ここで居候させてもらうしかないやろなァ…。それに、町中を震えさせとる新
    撰組や、もしかしたらトッピーらに気付いてもらえるかも知れん。よ〜し、一
    か八かや!!
      「…さん、ラナさん!」
    沖田に顔をのぞきこまれたラナは、今までの落胆ぶりもどこへやら、ニヤリと
    笑って言った。
      「沖田はん、わしもとことんあんさんらと一緒にやらせてもらいまっせ。さ
    ァ、その話とやらを聞きに行こやないか。」
      「はぁ…。」
      そうでもしなければ道の見えないラナの寂しい決心に、沖田は戸惑いを覚え
    ずにはいられなかった。
    
      「今朝、古高が自白した。」
      屯所内の一室に集合した新撰組幹部を前にして、冷静沈着な表情で新撰組副
    長、土方歳三が言った。
      古高の証言の中味は重大であった。
    ・  風の激しい日を選び、京都御所に火をつける。
    ・  驚いて参内する中川宮(なかがわのみや)と京都守護職・松平容保を殺す。
    ・  その後御所に入り、議奏、伝奏の両公卿を殺す。
    ・  そして長州軍を京都に入れ、長州藩を京都守護職に任命する。
      というような計画である。『訳がわからない』というお叱りの声もありまし
    ょうが、とにかく『とんでもない計画である』という事だけ覚えておいていた
    だければ充分ですので…。
    
      しかしこの計画が本当なら、これは政治計画であり国政問題だ。一新撰組が
    かたづける事ではない。京都にいる全ての幕府軍に知らせる必要があった。古
    高に対する、土方の厳しい拷問で『いつ、どこで、誰が、何をする』というこ
    とのうち、いつは今夜、誰かは長州浪士、何をは御所に火をつけて京都中を大
    さわぎさせる−−という事がわかった。しかし、
      『どこで』
      がイマイチなのである。古高はただ、
      「四国屋(しこくや)か池田屋のどちらかだ…。」
      と言った。これにはさすがに、局長の近藤勇や土方もア然としたが、1つの
    結論を出した。
      『午後8時を期して両方に討ち入ろう。』
      である。
      「総司、谷、永倉(ながくら)、藤堂(とうどう)は俺と一緒に池田屋だ。
    残りの諸君は歳さんと四国屋に行ってくれ。」
      土方の隣に座っていた一見温厚そうな中年の近藤が命令を下した。
      「なァ沖田はん、わしどないしたらええんや?」
      ラナが小声で隣の沖田にたずねる。
      「ラナさんは一応私の隊ですから、一緒に池田屋へ。ただし私のそばを離れ
    ないで下さいね。」
      沖田はラナの身を案じてつけ加えた。
     
      同じ頃、京都の洛中を歩く2人の男がいた。一方は、長州藩のリーダー的存
    在である桂小五郎、一方は…。
      「…今日はいつになく町がにぎやかじゃないですか?」
      「ん?あぁ、今日は祇園祭の宵宮があるからじゃろう。」
      「へえ〜どうりで混雑していると思いましたよ。」
      「おっとそうじゃった。ジラフ君、すまないが僕はちと寄るところがあるけ
    ぇ、先に行ってくれぬか?ええっと、池田屋への道は…。」
      「あぁ桂さん、忘れてませんから大丈夫です。この前行ったばかりですから
    ね。」
      「そうじゃったな、じゃぁ失礼。」
      小五郎が去るのを見送ったジラフは池田屋へむかって再び歩き出したが、ふ
    と立ち止まり、真っ青な空をあおぎ見て考えた。
    −−−僕はこうして長州の人達に助けられたけど、トッピーさん達はどうしち
    ゃったろう…。いいや、きっと無事ですよね…!!今までいろんなピンチを乗
    り切って来たんだ!!…トッピーさん、ラナさん、シビップ、アン教授…僕は
    ここにいます…!!
    
      夜になった。三条小橋きわの旅宿・池田屋の2階では、すでに浪士達が議論
    を戦わせていた。この時、30人程がこの会合に参加していたが、その中には
    ジラフの姿もあった。(当然、聞き役に徹していたが…。)ただ、昼間に別れ
    た桂小五郎の姿はまだなかった。
      その時、四国屋へ向かった土方の隊と別れた近藤勇たちが、そのまま池田屋
    に斬り込んで来た!
      「御用改めだ!」
      近藤の声に、帳場にいた主人は驚いた。転がるように階段下まで行くと、
      「お2階の皆様、新撰組のお調べでございますよ!」
      と大声でどなった。近藤はその瞬間チラッと沖田を見た。沖田はうなずくと、
    自分の刀の1本を隣にいたラナに手渡すやいなや、
      「ラナさん、行きますよ!!」
    と言って階段を駆けあがって行った。
      「…行きますよ…って、これ…刀やないか。まっ、まさか…!」
      殺気立った近藤や他の隊士たちの顔を見た時、ラナは初めて、彼らが浪士た
    ちを斬りに来たということがわかった。ラナがここまでついて来たのは、『人
    を捕える』という行為はしても、『人を斬る』という行為を本当にしようとは
    夢にも思わなかったからである。
      2階がやたら騒々しくなって、刀と刀の合わさる音や、絶叫が絶え間なく聞
    こえて来た。そんな時、悲痛きわまりない声がラナの耳に届いた−−。
      「僕はまだ死にたくないんだ!!アン教授−−−っ!!」
      ラナは一瞬あっけにとられた。
      「…ジラフや…あいつ…こないな所に…。」
      うわ言のようにつぶやいたかと思うと、ラナは刀を握りなおして一気に階段
    を駆け上がった。
      2階では、激しい死闘が繰り広げられていた。見るも無残な惨殺死体がゴロ
    ゴロと横たわっていたが、この時のラナにはそれが目に入らなかった。部屋の
    隅でガタガタ震えているジラフを見付けたラナは、白刃をひらめかせてジラフ
    の前に仁王立ちになった。自分の前に誰かが立った事に気がついたジラフは、
    恐る恐るその人物の顔を見た。その途端、彼は体の力が抜けていくのを感じた。
      「アハハ…ハハハ…。ラナさん…。」
      ほとんど声になっていなかった。しかしそんなジラフに同情する様子もなく、
    ラナは刀を振り上げるやいなや、勢いよく振り下ろした!!
      「うそぉ!!」
      ラナの刀は、ザックリと壁につきささった。一瞬目を覆ったジラフであった
    が、そっとラナの様子をうかがってみると、ラナは急に顔を近付けて小声でし
    ゃべり出した。
      「早よここから逃げて、そこの三条大橋の下で待っとれ!」
      「え…ラ、ラナさん…?!」
      「ここにおったらわしとお前は敵同士や。おのれはこないな所で死にたいん
    か?!わしもすぐいくさかい、早よう!!」
      「わ…わかりました…!」
      顔に血色が戻ったジラフは、ラナを力任せに突き飛ばすと、そのスキに窓を
    飛び越えて、屋根づたいに逃げて行った。
      倒れたラナの側に駆け寄って来た沖田は、
      「ラナさん、大丈夫ですか?!」
      と言いながらも刀を振るっている。
      「チッ、あのガキ…もう、許さへんで…!!沖田はん、わしは行くさかい、
    後はよろしゅう!!」
      「あっ、ラナさんっ!」
      ラナも電光石火の如くジラフの後を追った。2人とも、何とか池田屋から脱
    出出来て、まずは作戦成功と言った所だろうか。
      「ジラフ…どこや?!」
      「ラナさんっ、ここですよ!!」
      ラナの声のする方に歩いて行くと、そこにはジラフの姿があった。しばらく
    沈黙が流れたが、ジラフはあまりの嬉しさのためかラナに抱きついて泣いた。
      「気持ち悪いやないか、こら、ジラフ!!」
      そう言うラナも笑いながらボロボロと涙を流していた。
      「…せやけど、まさかお前が長州側におるとはなァ…」
      「僕だって驚きましたよ。ラナさんがいきなり刀を持ってやって来たんです
    から…。」
      「そないなことはええけど、一体何なんやこの世界は!!さっきどないに怖
    かったか…。」
      「そっ、そりゃこっちのセリフですよ!!あぁ思い出すだけでも血が凍りそ
    うです…。」
      ジラフはまだかすかに震えていた。
      「ラナさん、ここは過去の地球なんですよ…。」
      「え?そないなアホな事が…。」
      「いいえ、昔、大学の“地球史”で勉強したのを覚えてるんです…。昔の地
    球にはこんな時代があったという事を…。」
      「…わしら、これからどないなるんや…?」
      すっかり気落ちしたラナがポツリとつぶやいた。
      「仕方ありません、今はそれぞれの所へ戻るしかないですね…。もうしばら
    く、この時代の様子をうかがってみる必要がありそうですし。」
      「トッピーら、どないしとるやろ…」
      ラナが大きなため息をつくと、ジラフも目を細めて、
      「それは言わないで下さいよ…。僕も辛いですから…。」
      と首をうなだれた。
      「でもこうして僕達が会えたんです。望みは捨てちゃダメですよ。」
      「アホ!!そないな事、お前に言われんでもわかっとるわい!!」
      ラナが少しいきがって見せると、ジラフは寂し気に笑った。
      「それだけ元気なら大丈夫ですね…。ラナさん、今夜はひとまずここで別れ
    ましょう。お互いの居場所がわかっただけでももうけ物です。」
      「あぁ、そうやな…。」
      2人共疲れ果てていた。ジラフは祇園祭の見物客にまぎれて、長州藩邸へ帰
    って行った。
      ラナが恐る恐る池田屋に戻ると、門前で近藤勇が、何やらオロオロしている
    所であった。
      「…近藤…はん…?」
      「おおラナさん、あんたが浪士の1人を追っていったと聞いて心配してたん
    だ!」
      「え?あぁ、えらい申し訳ないけど逃がしてしもうたわ…。足の速い奴で…。」
      すると近藤は大きく溜息をついて、
      「そうか…今日が初めてだったから仕方ないが、以後、そのような事のない
    ように頼みます…。」
      と力なく言った。
      「もう、仕事は終ったんかいな?中が静かやけど…。」
      「ん?あぁ、−−ラナさん。」
      「は?」
      「…総司が、倒れたんだ。」
      「なっ、なんやて?!」
      近藤の落ちつかない理由はそれだったのだ。ラナもついうろたえてしまう。
      「やたれたんかいな浪士の連中に。」
      「いや、さっき血を吐いてな…。そういえば、昼過ぎから顔色が悪かった…。
    さァラナさん、他の隊士達は総司をつれて先に帰ってるから、俺たちも帰ろう…。」    
      2人は池田屋を後にした。
     
       元治元年6月5日
              池田屋騒動−−−
      新撰組は7人の浪士を殺し、23人の浪士を捕縛(ほばく)したという。し
    かしこの事件が、さらに幕末の日本をゆるがすことになり、ラナやジラフ、そ
    れだけでなくトッピーやアンをも翻弄して行くことになるのである−−−。
    
                         −−続く−−
    
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