ネット『ペポ』0号
御感想は、島田美都子さん か 編集部 までメールでお願いします。(島田さんのホームページ) ---------------------------------------------------------------------------- 「ペポ」24号 H4.3.20 初版発行 未来からの訪問者 No.24 島田美都子 序章 時空(とき)を超えて… 時は流れている。この世に地球が出来て人類が活動範囲を宇宙に広げるまで、 気の遠くなるような時間が費やされた。例え過去の出来事を後悔しようとも、 やり直しが効かない…それが「時間」なのである。 …とは言うものの、宇宙を眺めてみるとまだまだわからない事があるもので ある。外部からの侵入者があると、それらを過去の世界、あるいは未来の世界 へと送り込んでしまう「時空のひずみ」と呼ばれる空間の存在を、まだ誰も知 らないのだから。 さて、今回から数度に渡って皆さんにお聞かせする物語は、その「時空のひ ずみ」に入り込んでしまったサジタリウス号と、そのクループラスアン教授… の冒険記である。ある惑星での調査・研究の為の滞在期間を終えたその帰り道、 この事件と遭遇する事になったのだ。その時、サジタリウス号のキャプテン・ トッピーは、薄れゆく意識の中でなぜかこうつぶやいた。 −−−2122年 5月18日 午後6時15分…−−− それは、サジタリウス号の船内にあった、カレンダー付き時計が示していた 数字であった…。 第一章 南国の風 あれから、どの位時間が過ぎたろう。波の音が聞こえる…。その音に誘われ てトッピーは目を覚ました。目の前には、雲1つない青空が広がっていて、起 き上ってみるとそこは砂浜で、海がすぐそこまで迫っていた。状況判断がつか ないまま、青く輝く海に目を向けたトッピーは、そこに浮かぶ大きな島にふと 心を引きつけられた。それは、島というより1つの山で、山頂からは絶え間な く煙が噴き出している。 −−−なんて大きな山なんだろう…。 その山の雄大さを噛みしめたのも束の間、自分の足元に押し寄せる波のよう に、仲間達の事が思い出されて来たのであった。 −−−「時空のひずみだっ!!」とジラフが叫んだ。僕とラナはエンジンを全 開にしてしてそこか ようとした…でもその時、エンジンが止まって、 それから…。 思い出せなかった。当然の事である。そこで意識がとだえたのだから。 −−−アン教授がこういってたな…。 「時空のひずみ」は侵入者を過去や未来へ送り込むと…。…と言う事は、ここ は過去の世界、いや、未来の…?いや、そんな事よりも、ここから脱出するに は一体どうすれば…。まっ、まさか一生ここから出られないとか?! トッピーの目の前は真っ暗になった。それもそのはず、元の世界には最愛の 妻や子供達がいるというのに、過去か未来かすらわからないこの世界に投げ出 されたのである。 「ラナ!ジラフ、シビップ…アン教授−−っ!!」 あまりの心細さに、トッピーはありったけの声を出してみたが、いつまでた っても返事はなかった。次第に、心細さがいら立ちに変わり、足元の砂を握り しめるや否や、力まかせに地面にたたきつけた。こんな事をしたってどうしよ うもない、トッピーには分かっている。後には空しさだけが残るという事も…。 「…おまんさァな、そげな所で何をしておいやっとな?」 トッピーの背後から太い声がしたのは、それからしばらくしてからであった。 「えっ?!」 トッピーが振り返ってみると、そこには何とも堂々たる体格をして、黒ダイ ヤのように光る大きな目をした1人の男が立っていた。 −−−ラナより難しい方言だな…。まァ、だいたいわかるからいいものの…。 「おまんさァな、妙な格好をしておりもすな。一体、どこの御仁ごわすか?」 その男は再びたずねた。それもそのはず、着物をまとっている彼には、トッ ピーの着ている皆さん御存知の赤いコスチュームが、奇妙きわまりない格好に 思えるのであったのだ。顔付きは、トッピー達非人間系ではなかったが男がそ れを気にする様子は全くなかった。 「…あの…、ここはどこですか?」 その質問をされて、男は一瞬あっけに取られたが、にっこり笑うと砂浜に腰 を降ろしながら答えた。 「ここは、薩摩ごわすよ。」 「…サ・ツ・マ…?」 「そう。ほれあの山が桜島でごわす。」 先程の海に浮かぶ島を指さして、男は続けた。 …俺(おい)の名前は西郷吉之助。今日の日付は元治(げんじ)元年3月1 日だ、と教えてくれたまでは良かったが、「元治元年」と言われてもどうしよ うもない。トッピーらの時代には「元号」などないのだから。それと同じ様に 西郷は「西暦」というものを知らないようであった。 −−−こりゃあ、未来の世界に来たとはとうてい思えないな…。時間を超えて 来たなんて、話しても信じてもらえないだろうし…。 途方に暮れたトッピーを見兼ねた西郷は、ひとまず彼を自分の家へ招き入れ る事にした。木造の、いかにも危なっかしい造りの家には、現在、西郷と彼の 弟達3人の、合わせて4人が住んでいた。弟達は当初、見慣れぬ格好をした客 人に抵抗を感じていたが、次第に心を開くようになった。その夜、薄い望みと は思いつつも、ラナやほかの仲間達の人相を西郷兄弟に語り、床につくと緊張 が解けたのか、死んだように眠りに落ちて行った。 「…へぇ、そいならトッピーさァは、仲間を探して旅しておるのでごわすか?」 「まァそんな所かな。」 翌日。トッピーは、西郷の三男である信吾と、朝から縁側に座って話し込ん でいた。信吾はこの時22歳。長男の吉之助とは16歳違いで、人付き合いの 上手い朗らかな青年であった。 前日、トッピーが眠ったのを確認した後、西郷4兄弟が集まって、「彼には 我々に話せない秘密があるようだから、なるべく彼の素性については聞かない 事にしよう。」と話し合っていた。決して悪気があるのではなく、これが彼ら の性分なのであった。 昼も近くなった頃、兄・吉之助の用事で近所の吉井幸輔(こうすけ)宅を訪 ねていた吉二郎(吉之助の次弟・信吾のすぐ上の兄)が戻ってきた。 「あぁ吉二郎さん、お帰りなさい。」 トッピーが声をかけると吉二郎はマジマジとした顔をして彼の前に座った。 「…トッピーさァ、おまんさァが昨日話しちょった…ほら、ア…アン…何と か、ちいうお人じゃっどん…。」 「え?アン教授…ですか?」 「そうそう、そんお人によう似たおごじょ(娘さん)が、吉井さァん所にお ったんじゃがのう…。」 「えっ…?!ほっ、本当ですか?!」 さすがのトッピーもこれにはビックリ。早速、吉二郎・信吾に道案内をたの み、わらをもつかむ気持ちで吉井幸輔の家へとむかった。 トッピーが吉井宅へ駆けつけた時、今がさかりとばかり咲いている桜の木の 下で、ぼんやりとたたずんでいる女の後ろ姿があった。 「−−−アン教授っ!!」 女は、振り返った−−−。 「…家の前に倒れていた所を、吉井さんに助けてもらったの。」 「そうだったんですか…。でも、本当に良かった、アン教授がいてくれて…。」 アンを助けたこの吉井幸輔という男、現在、上野公園にたっている西郷隆盛 の銅像が彼の奔走によって建てられた事実は意外と知られていない。 「でも教授、ここは一体…?」 「ここは地球、過去の地球なのよ。大学の“地球史”で、少しだけ習った事 があるわ。元治元年、それは西暦になおすと確か1864年。だから私達は、 258年昔に来てしまった…って事になるわね…。」 「そんなっ…?!」 同席していた吉井達には、何が何だがさっぱりわからず、ついついウチワの 話題を口にし始めた。 「今朝、京におる大久保さァから便りが届いてなァ…。」 吉井は懐から1通の便りを取り出した。差出人は大久保一蔵(のちの利通) であった。 ここまで来れば、皆さんおわかりであろう。この物語の舞台は幕末の日本で あるのだが、この先トッピーらを飲み込んで行くこの頃の時代背景を少し述べ ておきたい。 嘉永(かえい)6年(1853)、三百年間鎖国の中に眠り続けていた日本 に、米国からペリー率いる黒船が突如来航し、日本に開国をせまった。日本中 は大混乱に陥り、米国(アメリカ)のいいなりになる幕府に対して不満を持つ 者が現れ、国内は攘夷か開国かをめぐって激しく割れた。薩摩・長州を筆頭と した西南諸藩は、当初攘夷を唱えていたが、文久3年(1863)欧米列強諸 国の1つであった英国(イギリス)と一戦交えた薩摩藩は、英国と戦う事の不 利を悟り、無謀な攘夷論をやめ、攘夷中止の方向へ傾いていった。当時、政治 の中心地である京都を手中におさめていたのは攘夷倒幕をかかげる長州であっ たが、薩英戦争で心変わりした薩摩が、会津藩と連合を組んで、京都から長州 追い出しにかかった。それは、薩摩・会津が幕府に味方した事になり、京のあ ちこちに「薩賊会奸」という2つの藩を非難する張り紙が見られるようになっ た。結局は長くなったが、吉井に届けられた大久保の手紙には、薩摩の面目を 取り返し、この難局を乗り切るには、西郷吉之助の力が必要であるから、一刻 も早く京に来てくれ、という内容であった。トッピーも、アンや吉井達の説明 で時代背景が分かって来ただろう。皆さんはどうだろうか。 「トッピーさん、この世界にいる間、しばらく吉井さん達のお世話になりま しょう。」 「…しばらく?ど、どういう事なんですか、しばらくって!!」 「…サジタリウス号さえあれば、元の世界に戻れる可能性があるわ。」 「えっ?!」 「−−−吉井さん、京には各地からいろんな人々が集まるそうですね。」 アンが考えるには、薩摩のような静かな所にいるより、人の出入りが激しい 京へ行く方が、飛び交う情報量が多い、と考えたのである。 結局トッピーとアンは、西郷吉之助・信吾兄弟や吉井らと共に3月4日、京 へ旅立つ事になった。 「吉二郎さん、小兵衛(こへえ)さん。いろいろとありがとうございました。」 トッピーは、見送りに来た2人の手を取った。 「トッピーさァ、お達者で。」 長兄の吉之助と21も違う末弟の小兵衛(この時17歳)が笑顔で答えた。 「…お2人も…。」 かくして、トッピーらは薩摩の地を後にした・その京で、どのような運命が 待ち受けているのかを、彼らは、知らない−−−。 (続く) ---------------------------------------------------------------------------- 御感想は、島田美都子さん か 編集部 までメールでお願いします。(島田さんのホームページ)